いよいよパニック症が始まった高校時代の話を…

私の一番小さいときの夢は保母さんになることでした❗️

でも女に学はいらない👋😞

これ以上私にかけるお金はないと言われて育ち、父親の借金返済のために就職を決め商業高校に進みました。

商業高校なのでほぼ女子高…

女ばかりの集団は怖いです😱

一年の時にボス集団の子達からいじめを受けました…

教室に入ろうとしたらドアを閉められたり…

私にわざと聞こえるように悪口を言われる…

物が無くなる…などなど…

ボス集団のいじめの的にはみんななりたくないので見て見ぬふり…

辛かったです😫

そして家に帰っても親の喧嘩ばかりで…

相談するところも逃げ場もなく…

初めて死にたいと思いました。

私の居場所がないことを思いました。

そうして激しい夫婦喧嘩の時に初めて気持ちが爆発し、号泣したら過呼吸うの発作が出ました。

もちろん初めてのことで家族もびっくりし救急車で運ばれました‼️

措置の間におばあちゃんが現れたことを覚えています。

おばあちゃんのところに行きたかったに行けずに目が覚めました😢

そこからよく発作をおこすようになり、リストカットを始めました…

当時は心療内科がなく精神科へ…

高校の担任の先生の薦めなどでもいろんな病院へ🏥

どこに行っても自律神経失調症、パニック症との診断が…

当時は薬などもなく話を聞いてもらうだけで…

私は人を攻めたりするんじゃなく自分の中へ中へ気持ちを押し組むようで我慢をすることが当たり前になっていたようです

我慢が我慢なのかもわからなくなっていました…

高校2年、3年とクラスが代わりいじめもなくなりました❗️

でも人が怖くなったんです…

修学旅行もスキーだったので腰痛の私は行けませんでした…

当然話にもついていけず一人…

ホントに辛かった高校時代…

でも高校1年の時に主人と出会いました😁

7つ上の主人はすでに働いていて大人でした😏

家が近かった主人は時間が許す限り会いに来てくれて一人になることがなくなりました🎵

毎日会いに来てくれたり電話をくれたり…

私の病気を知っても寄り添ってくれた…

もともとゆっりした人だったので発作がでても、パニックになっても大丈夫、大丈夫と落ち着いて対応してくれたんです。

それに支えられました😀

とても感謝していますm(_ _)m

でも心のどこがで早く死にたいと思う気持ちは常にありました。

これが高校時代です。