ふと目が覚めた。
ゆっくりと目を開くと、目の前にぼんやりと人の影がある。
少し時間が経ち、意識がはっきりしてくると、目の前にいる人が誰だか答え合わせをすることになった。
「佐藤さん…」
「目覚めた?」
なんだか雰囲気が違う。
身なりは変わらずスーツだが、言葉遣いや声のトーンがまるで違うのだ。
本当に同じ人なのだろうかと疑問を持ってしまうくらいに。
でも、それより…
「すみません…私…あの、面接に…」
こんな大事な時に私は意識を失って倒れてしまったのだろうか。
緊張しぃだと思われたらどうしよう。
そんなことないのに。ずっと路上で歌ってきて、メンタルだって強い方だと自負している。
早く取り戻さなきゃ。
そう思い体を動かそうとすると、身動きが取れないことに気づく。
足は動かせるが、手首が後ろで縛られていて、椅子から離れることができない。
「あの…これは…」
「金になるんだよ…」
「えっ…?」
「君みたいに、夢を追いかけて必死になっている女の子は芯がしっかりしててさ…笑」
ニヤッと上がった口角にみの毛がよだつようだった。
何を言っているのだろう、この人は。
目が合う。その目は、あの時会った時とはまるで違っていて、思わず目を逸らしてしまう。
「気が強い子を飼い慣らすのが楽しいんだってよ。悪趣味だよなぁ…」
意味がわからない。
意味を聞き返すのも怖かった。
佐藤さんが私の髪を撫でる。
「…いい匂いだね。こりゃ、あいつらも喜ぶのがわかるかもな…笑」
「…」
「…俺みたいな男どう?スーツ似合うとか昔の女には言われたことあるけどさ〜笑」
思考が追いつかない。
ただ、もう一度確認したいのは。
「ねぇ、宇野さん。何か言いなよ笑」
「…あの…佐藤さん…面接は…?」
「はぁ…そんなのあるわけないでしょ?俺、音楽プロダクションの人間でもないし笑」
頭を強く殴られたようだった。
騙されたんだ、私。
「…まぁ、あと1時間くらいで迎えが来るから。」
「迎えって…」
「まぁ、そうだよね。ちゃんと説明してあげようか。これからの宇野さんの人生。」
「…」
「君はこれから金持ちの取引先にさ…」
別に話せなんて言ってないのに、流暢に喋り出した。
つまりは、私はこいつの取引先に売り飛ばされるのだ。
これこそドラマじゃないか。ギター片手で上京した私なんて、ドラマの端くれにもおけない。
話ぶりだと、今まで何人もの女性をこんな目に合わせてきたらしい。
そんなことをして今の警察に捕まらないわけがないと思ったが、どうやら警察にも協力者がいるという結末だった。
もう警察すら信じられない世の中なのか。
視界が揺らぐのが分かる。
私の夢を踏み躙ったのはともかく、今まで同じような思いをした子達がいることが悔しくて許せなかった。
楽しい思い出話のようにそれを語る目の前の男に、我慢の限界が来た。
「…な」
「ん、なんか言った?」
ニヤニヤと近づいて来るのが気持ち悪い。
「ふざけんな…って言ってんの!そんなことさせてたまるか…私は絶対に夢を叶えなきゃいけないの…絶対…!」
「ははっ…だから叶えられないって。まぁ、金持ちの前で歌わせてもらえれば叶うかもしんないけどね笑」
「…触んないでっ!」
「…まぁまぁ、落ち着けって。ちゃんと宇野さんの家も引っ越しの手続きしておくから。海外に、ね?笑」
「くっ…!」
「おぉ!怖い、怖い〜!睨まないでよ笑…ってことで、あと少しだから一人で頭の中整理しときな。」
そう言ってあいつはタバコを取り出し、部屋から出て行った。
「佐藤っ…!!!」
必死に体を動かすが、微妙にロープが外れない。
どうにか逃げなければならないのに。
部屋を見渡しても、ロープを切れるようなものはない。
すると少し開いたドアの向こうから声が聞こえる。
「…荷物?外に来てるって?はい、はい。」
佐藤の声だ。
あっちの部屋には誰もいなかったはずだから電話だろう。
外…?外に佐藤が行くなら。
逃げるのは今しかない。
気配がなくなったのを見計らい、椅子を後ろに抱えながら扉を押し開ける。
鍵をかけられていないのが不幸中の幸いだった。
「いない…」
物音を立てないよう素早く出口に向かう。
玄関までの階段の一番下に佐藤の後ろ姿が見えた。
「…叶えなきゃ…夢…」
呼吸が荒くなる。
荷物の引き取りが終わり、扉を佐藤が閉めかけようとしている。
ここで終わるわけにはいかない。
意を決して、そこに向かって飛び降りた。
鈍い音がなり、佐藤にぶつかった反動で木製の椅子が壊れる。
佐藤は頭を強く打ったようで動かなかった。
早く逃げなきゃ。
無我夢中で走り出した。
人にぶつかるのもお構いなしに逃げて、なんとか路地裏のゴミ箱の影にたどり着いた頃には、日も暮れていた。
すぐにでも警察に駆け込めばいいのに、誰が協力者なのかいろいろと考えてしまうと迂闊に行けなかった。
「…あぁ…全部荷物も忘れてきちゃった…」
家の鍵と携帯だけがおまけとばかりに、ポッケに入っていた。
よく携帯を盗まれなかったと思う。
そして、今気づいたが、足を捻ったみたいだ。腕も打撲ができたようでキリキリと痛む。
そして、次に出た言葉はこれだった。
「ギター…置いてきちゃった…」
こんな状況なのに、こんな一言が出るなんて。
私の5年間はなんだったんだろう。
私はこの町でもう歌っていけないかもしれない。
また見つかったら…そう思うだけで鳥肌が立った。
「もう無理ぃ…」
誰にも届かない声が漏れた。
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「くそっ…!」
疲れでうとうとし始めた時だった。
ふと近くで声がして、飛び起きた。
佐藤が追ってきたのだろうか。
少しだけ、ゴミ箱の脇から顔を覗かせ、声のした方に目をやる。
勢いよくこちらに向かって誰か男の人が走って来る。
逃げようとするが、足が痛くて動けない。
どうしようと思っていると、その人がまたたくまにゴミ箱に足を引っ掛け、私の方に突っ込んできた。
「うわっ!!」
「いったぁあ…」
ゴミ箱におされ、捻った右足がまた犠牲になる。
右足をさすりながら、恐る恐る目を開けると、目の前に男の人が座り込んでいた。
「「…」」
目が合う。
澄んでいて、吸い込まれそうな瞳だった。
「わりぃ…怪我してないか?」
「…「おい!どこ行ったっ!」
私が言葉を発しようとした時、また怒鳴り声が遠くから聞こえる。
「…ヤベェ…もっかい聞くけど、怪我してない?」
怒鳴り声の方を気にしつつも、私に寄ってきて顔を覗き込む。
綺麗な顔だった。
私が抑えていた右足に彼が気づく。
「あっ…足怪我したか。本当にごめん。焦ってて…」
「いや…大丈夫ですよ…。もともと挫いてたし、逃げてるとき。」
「ん…?逃げてるときに?」
少し疑いぶかい表情を浮かべる。
たしかに他人が聞いたら、私が悪いことをして逃げてるみたいに思われるだろう。
弁明しようとして口を開こうとすると、さっきより怒鳴り声が近づいてきた。
「…本格的にやばそうだ…」
そうつぶやき、いきなり肩を掴まれる。
「…逃げるぞ。どうせ身、隠さなきゃいけない状況なんだろ?」
「えっ?」
「あいにく俺もだから…笑ほら、行くぞ!」
初めて会った人なのに信用していいんだろうかと思ってる間に、私はその人に背負われていた。
「…軽いな、あんた。ちゃんと飯食ってるか…?笑」
彼にとってはふとした言葉だったもしれないけど、すごくあったかくて。
この人と一緒にいたら、何か変わるかも。
そんな淡い期待を抱いてしまう。
自分も知らぬうちに、彼の背中に強く縋りついていた。
「…ん?落ちるの怖い?笑」
「いや…」
「まぁ、いいや。ちゃんと捕まってろよ〜」
久しぶりに誰かの温もりを感じた気がした。
彼が駆け抜ける中、彼のパーカーのフードに顔を埋めて少しだけ泣いた。
恋したのはあなたの。3 END
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こんばんは〜!渚です!
なんか良くないですか!?程よい強引さ…
私も身につけようかしら…
誰もキュンとしねぇよ!笑
ということでツッコミまで自分で終わらせるスタイルの渚です。
また次回お会いしましょう!