野球は宗教

よく言ったものである。
ジャイアンツ
タイガース
ドラゴンズ
ホークス
ライオンズ などなど

日本には12球団、それぞれのファンがいるわけだけど、ミスター長嶋を神のように崇める人もいれば縦縞ユニフォームを正装ととらえ、六甲おろしを国家のように歌う人もいる、赤いユニフォームを見ると興奮する人 人それぞれであるが、同一球団のファンにおいても贔屓選手や思想により派閥やらグループやら宗派のようにどんどん分かれていく。
中日でいう大島派小山派のように。考えが合わなければどんどん排除され新たな派閥が生まれ、それを繰り返していく。

先日、私がプロ野球のファン人生の中でめちゃくちゃ推した選手が引退を宣言した。
20年近いプロ経歴の中でも絶好調な時期より苦しい時期の方が長かった選手だと思う。
プロ野球人生山あり谷ありである。調子がいい悪いなんてあって当たり前である。ファンはそれを応援を通して見守るしかないのである。
しかし、その選手には誹謗中傷が多かった。自分の仲間連中でもクソメクラ引退しろ、どこに目をつけている、今すぐ●ねといった心無いことをSNSに書き込んでいたやつもいた。
推してる側からしたら不快かつ有害。
紆余曲折あり結局そいつらとは喧嘩別れしたわけだが、全然関係ないSNS上のトラブルに俺が関係してると勝手に決めつけられ(当然関与してない)、勝手に謝罪強要され嘘の情報を拡散されるなどとことん非道な扱いをされ現在に至るわけである。野球という宗教の、数ある宗派の教祖からの抹殺(ポア)命令である。

野球は宗教なのである笑
宗教宗派が違うだけで馬鹿にされ、教えに従わなかったことで存在すら認められず誹謗中傷の的にされ最終的に●ねとか●ズ呼ばわりされのである。わたしはそんな迫害をとある人物から受けてきたのである。

しかし私は負けない。そいつを潰すだけの証拠を揃えている。裁判しても負けない証拠を持っているのである。慰謝料取れるだけの材料を持っているのである。

和解するつもりもないし、そんなクソみたいな教祖から慰謝料もらっても気持ち悪いだけだし顔も見たくないしさっさと老いて残酷な死に方していなくなってくれることが私の本望なのでXやらfacebookからインスタから全て監視をして不幸に合うことを酒のつまみにするゲスな私であった。

野球は宗教であり、宗教は人を狂わせ、人は争い、やがて滅ぶのである。

争いからは何も生まれない。野球は楽しく見ましょう。

楽しく見れないならその日は見るのやめましょう。
おわり






最近よく使う言葉である。



私の職場…とくに私の部署…とくに私のデスクがあるシマ…6人いるうち私以外全員シニアスタッフ。現役時代は関係部署の部長課長として長年会社を引っ張ってきた芸能界でいう大御所の集まりに似たようなものでもある。いざという時にその方々を前に出せばつるの一声で仕事が進むこともよくある。(ヤ●ザの世界ではないが。)


簡単にいうとプライドも血圧も高いので一緒に仕事するには寛容と忍耐が必要。


たとえば、検査用に使用していたデジカメを廃止、タブレットを支給。検査書類は今まで手書き入力とデジカメで撮った写真をエクセルソフトに載せてプリントしファイリングしたものを保管、監査のたびにファイルを提出としていたが、タブレットで操作ができて指定のクラウド内のファイルに保存ができるようにペーパーレス化、デジタル化が進んでいるけど、


まーうちの部署進まない。


70代にとって今までのやり方をかえるのはとても難しいらしい。


今までパソコンでやっていてもそんなには速くないが項目を打って、写真を添付して打ち出しをして日付と自分のサインと判子を押してファイリングという流れだったのが、タブレットでポチポチ項目選んでタブレットで撮った写真を貼り付けてデジタル印押してタッチペンでサインしてクラウドに保存。という一見使うものも少なく動作も少ないものが、逆に難しいらしい。


導入切り替え時に一緒に説明を受けて練習してから実践しても一度席を立ってしまうとよくわからなくなり、どこがわからないかわからなくなってしまう状態。自分の仕事しながら4人分のソレをフォローするのも何かと大変。


そもそもそのシステムを導入するにも実証期間も試験運用も何にも検討しないで役員が勝手に導入を決めて部長課長である私たちに勝手に覚えて下の人たちに教えてあげなさい。こんな状態で運用開始である。


とりあえず、採用決めたやつ出てこい。


とりあえず自分の親以上の歳の大御所部下を抱えてジェネレーションギャップ(死語)に苦しむ管理職でした。


注意:ジェネレーションギャップ系の話今後も続きます。




タイトルのままですが、幸せレベルというか、幸せを感じるものって人それぞれだと思うの
(謎の乙女口調)

結婚=幸せとも限らないし、長く生きることが幸せなこととも限らない。

どれが正解っていうのもないし人に強制させたり強制されるものでもないと自分で思っている。



さて、私はTikTokとYouTubeのヘビーユーザーであるが、介護に関する動画投稿投稿、認知症の方に関する日常の投稿、言い方悪いけど老害に関する投稿をよく見る。

人間の人生だって平均寿命が伸びているとはいえども健康寿命という言葉もある。

健康寿命とは、健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間を指し、自立して健康に過ごせる期間の平均  だそうです。


2019年の健康寿命は男性72.68歳、女性75.38歳で、平均寿命と健康寿命の差は男性8.73年、女性12.06年

平均値で見ると、男性は死ぬまでの最後の8年は女性は12年は自分あるいは配偶者と自立した生活はできないとのことになる。
もちろん足腰が弱って自力歩行ができない、病気で介護が必要、認知症で自力での生活は困難ということは省かれる。

自分の祖母はどうだったか。
母方の祖母は数年前に96歳で老衰で天寿を全うした。
90くらいまで一人で仏壇に備えるお膳をこしらえ、両手にお膳をもち、2階の仏間までスタスタと階段を登りお経まで唱えていたし、昼間は一人で一輪車にバケツやナタ、スコップをのせ、畑仕事に精を出し、収穫した野菜で漬物や野菜で作った蒸しパン、自分で食べたい野菜のおかずなどを一人でやってモリモリご飯を食べていた。
流石に足腰が弱くなり、階段を上り下りするのが大変になったり、畑仕事も一人で体力的にできなくなってからはあっという間だった。怒りっぽくなり、物忘れが始まったりはしたもの、認知症や持病の悪化もなく体の機能が衰えそして夜寝てそのまま亡くなった。

祖父の場合、父方の祖父は72で癌で死んだ。
65で仕事を辞めてからというもの自慢のチカラコブやシックスパックの見事な腹筋があっという間になくなってしまい年くって仕事辞めて体動かさなくなったからねぇなんて言っているうちにガンができて入院してから一ヶ月であっという間に死んでしまった。入院まではすごく元気だったから気持ちの整理も落ち着かなかったのを覚えている。入院する直前までは好きなものを食べ好きな時間に好きなことをして一日中趣味に打ち込み夜は好きなお酒をコップ一杯だけたしなむ。引退後の人生を有意義に過ごしたと思う。入院中は仮に俺が死んでも何の悔いもないって言っていたくらいだ。



一人で歩けない、認知症でご飯食べたからわからない、徘徊する、自分でトイレができなくなる、家族の手に負えなくなってしまうような年寄りにはなりたくない。
医療行為で生かされている年寄りにはなりたくない。
たぶん自分の身内がそういう事態になることにたぶん耐えられないと思うし、自分だったら身内にそんな迷惑かけたくない。

上沼恵美子さんが、もし自分の旦那さんが将来病気などで回復の見込みがなくなり延命措置しかやることがないと言われたら、上沼さんはその場で延命は結構です、とはっきりいう、とのことでした。
それも一つの幸せな生き方なのかなって思う。

自分も助かる見込みがなければすっぱり葬って欲しい。それが互いの幸せな人生の終わり方だと思ってる。
もちろん最後の最後まで大切な人と一緒にいたいという人の気持ちもわかる。

自分が人間らしい生活ができるうちに死にたい。それが幸せな死に方だと思う。