期末テストもあと2週間切りました。

 テスト範囲になりそうな、中3国語の教材の「私」(三崎亜記 作)がよくわからない、という生徒が少なくないので、これについて少し書きます。

中3生が見てくれていたら、参考になればと思います。

 あらすじをまとめると、こんな感じでしょうか。本文は載せられないので、中3生は教科書で確認してください。できれば、自分でもあらすじを作ってみてください。あらすじや要約を作るのが、国語の成績向上には一番です。

 

〔1〕

 市役所の庁舎の一室。「私」はこの庁舎に勤務する公務員。午後からの業務に備える「私」。処理すべき業務とその手順について確認する。

〔2〕

 ある日、午後一番に若い女性が来庁する。女性の要件は、送られてきた督促状が自分宛ではないというもの。そこで「私」は、女性が持参した身分証と督促状を照合するが、そこに書かれた住所・名前は完全に一致していた。当惑する「私」。しかし、女性は「私」が当惑するなどとは考えもしない様子で、対応を待っている。

〔3〕

 「私」は、なんらかの「対応」を行ったという「誠意」を見せることで女性を満足させられると判断し、情報処理科に確認をとる。調べてみると、この女性のデータには先週二重登録のミスが発見され、一方が消去されていた。「私」は女性に対し、単なる登録ミスで、データ内容に変化は無いと説明するが、女性は消去されたデータこそが、本当の自分のデータであると主張し、消去したデータを復元するよう要求する。

〔4〕

 「私」は情報管理課の同僚に依頼して、消去したデータを復元してもらう。それから個別システムの住民データを更新して女性に示し、督促状を印刷しなおした。印字された文字は今までと一字一句変わらないものであったが、女性は心の底から安堵して立ち去った。

〔5〕

 「私」は住民情報データと個人の密接な結びつきについて考える。私が「私」であるということを証明できるのは役所にデータがあるからこそで、もしそれら全てのデータがなくなってしまったら、「私」という存在そのものも消えてしまうのではないだろうか?

〔6〕

 午後の業務を終えた「私」は、帰りに図書館に立ち寄る。本を五冊借り出す手続きをするが、司書の女性から、貸出制限の十冊を超えていると言われる。先週に三冊借りて、今回が五冊なので、まだ十冊に達していないはずだと「私」が伝えると、司書は二重になっているようだと答える。「私」は貸し出しデータが二重になっているものと考え、データの訂正を依頼するが、司書は「私」自身が二重になっていると言う。「私」は、個人情報データが二重になることがあるのなら、逆に「私」の存在そのものも二重になることがあるのだろうと納得する。

〔7〕

 二重になったほうの「私」が借り出しているから、五冊は借り出せないと言う司書に対し、自分のあずかり知らぬかたちで貸出が行われたのだから納得できないと主張して、「私」は貸出を強要する。そこで、司書は担当部署に連絡し、二重状態を解消するための手続きをとる。

「私」は、どちら(の「私」)が消えようが、同じ「私」だから、何の問題もないと思う。

 

 この話を分かりにくい、という生徒が少なくないのは、「私」、庁舎に来た女性、図書館の司書、という収容登場人物が皆少し変な人だからだと思います。

 物語前半。督促状の文面には何の間違いもないのに、これは自分宛ではないのではないか、と違和感を抱く女性が登場。

 物語後半では、図書館の司書は、貸出データが二重になって存在している以上、データ元の人間=「私」も二重になっている、つまり、二人に増えているのだ、と主張する。とんでもない屁理屈ですが、なんと「私」もそれに納得する。

 登場人物が普通はありそうにない主張や反応をするわけで、そこに戸惑うのだと思います。でも、そんな人が出てくるのです。それが分かれば、難しい話でもないのではないでしょうか?

 テストで聞かれそうな、という面から考えれば、これが現在社会の一面に対する風刺になっていることは見やすいと思います。物語前半部の最後、督促状の「女性」が帰ったあとで、「私」は、

私が「私」であるということを証明できるのは役所にデータがあるからこそで、もしそれら全てのデータがなくなってしまったら、「私」という存在そのものも消えてしまうのではないだろうか?

と自問しますが、これが「主題」と言ってよいでしょう。つまり、現代社会で自分が自分であることを証明するものが、公的機関などに登録された自分についてのデータでしかないことへの風刺、というわけです。

 「読みが浅い」とのご批判があるでしょうが、まあ、テストに役立ちそうな視点、ということで。「学校ではこんなことをやったよ」というのがあれば、教えてください。最後に、テストで聞かれそうなことがらを2点、まとめておきます。どれか出題されるかもしれませんよ。

 

【その1 「私」と図書館司書の女性の、市民対応の違い。】

◆「私」の対市民対応

 模範的公務員=『「模範とされる市民対応」で、五年連続で庁内表彰されている』。「私」が重視することは、「相手の言わんとするところに理解を示し、対処法を筋道立て、臨機応変に対応し、納得して帰ってもらう」ことだが、あくまで自分が「誠意」を持って対応していると相手が納得し、その対応に満足することを重視しているので、実際に問題が解決するか否かにはあまりこだわらない。そのため、事なかれ主義の面もある。

◆司書の女性の対市民対応

 「無感動な表情」=利用者の都合や要求を考慮しない。機械的に、規則や手続きに沿って仕事を進めることだけを重視している。

 本文中のどんな描写を根拠にしているか、確認してみてください。解釈が間違っているところもあるかもしれません。「私」は「司書」に対して批判的なのですが、実のところ、相手の立場なんてどうでも良い、というのは二人に共通しています。これも、「お役所仕事」へのかなりわかりやすい風刺ですよね。

 

【その2 情報の二重性に対する見解】

 この物語の中心。二つの「二重性」のエピソードの違いについて。このあたりはテストでよく聞かれます。それも記述問題で。

(一)  庁舎での食い違い

ž   「女性」…督促状に記された住所・氏名のデータが自分のものであることに納得できず来庁する。督促状に記された住所・氏名に違和感を持っている。「私」が情報管理課に照会して「女性」の情報が二重登録されているというミスがあり、一方は消去されていたということを伝えると、「女性」は、消去された方こそ自分の情報だと主張する。個人データには「女性」自身を指示する固有のものが存在するはずだとする見解。

ž   「私」…情報が二重に登録されていただけなので、どちらも「女性」のものであり、単なる重複であると考える。重要なのは「女性」本人であり、データはあくまでも「女性」を指示する記号に過ぎず、どちらかが「女性」と特別な関係にあると言えるものではないとする見解。

(二)  図書館での食い違い

ž   「司書」…「私」の貸出データが二重になっているということは、「私」が二重になっている=二人になっているということであると主張。登録されているデータが重要なのであり、二重に登録されている以上、それに対応する「私」個人が二人いるはずだ、という見解。

ž   「私」…入力ミスで個人情報データが二重になることがあるのなら、逆に「私」自身が二重になることもあるのだろうと納得する。こう考えると、重複していたデータの一方が消去されると、二重になっていた「私」という存在も、一方が消去されることになるが、「私」は「何の問題もない」と納得する。