日本タイマッサージ連盟理事長の元気が出るエッセイ★人生は楽しんだモン勝ち!


こんにちわ。タイ古式マッサージ普及運動家田中です。


都市伝説とは伝聞でしか知りえない情報のことを言う。


筆者がその昔、サラリーマン時代に勤務していた商社に近隣する地に、平将門の首塚が建つ。場所は、東京都千代田区大手町。その地に会社があるというだけで一流会社であるとみなされ、その会社の社員であるというだけで世間から羨望の目でみられる。


そんなビジネス街の一角に、ひっそりとたたずんではいるが、一歩首塚の敷地内に入るとそこには異様なオーラが漂っており、イヤ、渦巻いていると言う方が当たっているかもしれない、24時間線香のにおいと供物の酒が途切れることはない。(上の画像)


平将門は約一千年前の平安時代中期に実在した武将で、当時は辺境であった関東の八カ国を傘下に治め、
京にある朝廷に楯突く反骨者として大衆人気は高かったが、わずか3ヶ月の合戦で朝廷軍に制圧され、京を引き回された挙句、斬首された。


しかし志半ばで散った平将門の怨念の強さは尋常ではなく、さらされた首が突如として故郷の常陸の国(現茨城県)に飛び去ったが、途中落ちた地が現大手町の首塚であったと言われる。


平将門の怨念の凄さは千年たった今でも変らない。


関東大震災の直後、旧大蔵省が首塚を更地にし大蔵省の官舎を建設した所、数年の内に工事関係者や官僚が次々と命を落とす事件事故が頻発した。しかも、将門没後千年の節目の年に落雷による火災で官舎が消失し、大蔵省はこの地から逃げ出した。


終戦後は、GHQが周りの日本人がとめるのも聞かずブルトーザーを入れたところ、工事中にブルが横転し、運転手の死亡事故につながり、やはり取り止めた経緯がある。


隣接する商社では、この首塚に尻を向けて座っている社員がすべからく事件事故に巻き込まれたり病死したりしてろくな目に会っていないと言う事実がある。だから、社員全員交代で、この首塚の清掃とお清めを行っているのだ。


平将門の怨念はかように凄まじく、その魂は成仏できないで現世をさまよっている。


実は、筆者はこの平将門の信奉者である。事あるごとに、この首塚に参り平将門の加護を願う。そうすると、強いオーラを身にまとったような不思議な気分になるのだ。書くと長くなるので、別の機会に譲るが、これまで多々ご加護があって、難局を乗り切れたことは実に多い。


先のブログにも書いた、2月12日のエルビスコンテストの日も首塚に詣り、必勝を祈願した。



結果は・・・ダメだった。


だが、最後まで無事ステージをつとめられたことが、すなわち将門様のご加護だったのかもしれない。


そんなに都合よく総ての願い事がかなえられるなら、今頃蔵が建っているではないか。


マ、憎まれ口はさておき、アナタももし誰かの加護が必要な時は大手町の平将門の首塚に参ってみるといい。必ず、何らかのご加護が得られるはずだから・・・


その時には、自分の願い事ばかりではなく『将門様、一日も早く、心安らかに成仏して下さい』と唱えるのを忘れないように。



(C)Kansho Tanaka.No imitation of this essay allowed.