★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
死・別れ・別れ…、その次に来るのは再生・再会です。
全ての別れが今生の別れではない。
25才の若さで、あの世へ旅立った藤堂家の若殿様。
師匠の来訪を待たずに早世した愛弟子、金沢の一笑。
二度と逢えない人いるけれど、皆が皆帰って来ないわけではない。
別れの後の再会ほど嬉しいものはない。
福井の町を一人訪れた芭蕉。
ここからは甦るかのように芭蕉一門があちこち集まり、旅の終着地大垣への大団円に向かっていきます。
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
露通もこの港まで出で迎ひて、美濃の国へと伴ふ。駒に助けられて大垣の庄に入れば、曾良も伊勢より来たり合ひ、越人(えつじん)も馬を飛ばせて、如行(じょこう)が家に入り集まる。前川子(ぜんせんし)・荊口(けいこう)父子、その他親しき人々、日夜訪(とぶら)ひて、蘇生の者に会ふがごとく、かつ喜びかついたはる。旅のものうさもいまだやまざるに、長月六日になれば、伊勢の遷宮拝まんと、また舟に乗りて、
蛤(はまぐり)のふたみに別れ行く秋ぞ
蛤のふたみに別れ行く秋ぞ
大垣の町へ入るまでは、馬に乗って楽をさせてもらった。
町に着くと、療養していたはずの曾良も、伊勢の国から駆けつけてくれているじゃないか。
良かった良かった…。
親しい人たちが昼夜を問わず訪ねてくれて、私の無事をやんややんやと喜んで、死人が生き返ったかのような扱い。
お疲れさまです、と口々に労ってくれる。
旅の疲れもまだ抜けきっていなかったが、9月6日になったので、伊勢の遷宮を拝もうと、また舟に乗って出発した。
何しろ、21年に一度の上陣、次はもう無いのだ。
蛤のふたみに別れ行く秋ぞ
蛤のふたみに別れ行く秋ぞ
ふたと身に分かれる蛤のように、二見が浦へと旅立つ秋。
寂しい季節の別れだけども、出逢いがあるから別れがある。
さよならこそ、私の人生なんだ。
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
3月27日、千住を旅立ち、東北地方をぐるりと巡り、北陸を下ったおくのほそ道は9月6日、最後の一句で締めくくられました。
実に155日・2400kmに及ぶ、長い長い旅でした。
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
旅のスタート、この番組の冒頭、千住を旅立つ時に芭蕉が詠んだ句を覚えていますか?
行く春や鳥なき魚の目は涙
そして、この大垣で最後に詠んだ句は
蛤のふたみに別れ行く秋ぞ
「行く春」と「行く秋」が対照となる、実に見事な結びになっています。
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
その後、芭蕉は故郷の伊賀と江戸で5年を過ごし、おくのほそ道を完成させました。
綺麗に手書きした清書本を携え、芭蕉は伊賀の兄のもとへそれを届け、そこから九州に向けて旅立ちました。
芭蕉の人生の旅が唐突に終わりを告げたのは、その旅の途中…大阪の地でした。
病床に就く芭蕉が残した最後の一句は、弟子が書き留めたこんな句でした。
旅に病んで夢は枯野(かれの)をかけ廻る
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
旅に病んで夢は枯野をかけ廻る
元禄7年10月12日午前4時。
奇しくも今日です。
松尾芭蕉は、波乱に富んだ生涯に筆を置きます。
享年51才でした。
体が動く限り旅をする。
体が動かなければ夢で旅をする。
最後の瞬間まで旅することをやめなかった芭蕉。
漂泊の詩人でした。
翔:ひとつ、立松さんの著書を拝見してる中で、僕は理解でき…なかったのがー、その「言葉は時代を旅をする」という中で、芭蕉の言葉は、…僕・私たちを繋いでくれる。一方で、私たちの言葉も芭蕉の世界を繋げてるんだ…ということが書かれていたんですけれども、これは…どういうことなんでしょう?私たちから芭蕉へということが、ちょっと…わからなかったんですけれどもー。
立:ただその旅というものが、芭蕉の時代の旅と今の旅と、やはり違ってきますでしょ?
翔:うん。
立:だけど芭蕉の旅は、どっちかっていうと、求道の旅、道を極める旅ですよね?
翔:はい。
立:我々の旅っていうのは、旅行社が毎日、新聞たくさん誘いの広告を載せてくるけど、快楽の旅ですよね。
翔:うーん。
立:それは旅の仕方としては変わっているけども、でも一方で、例えば四国八十八ヶ所を巡ろうとか…
翔:はい。
立:ま、おくのほそ道でもいいです。
翔:うーん。
立:そういう旅の形を時代時代に作っていくわけですよね。で、例えばね、こないだ高野山に行ったらフランス人が多くてね、日本人より多いんです。僧房に行ったら。
翔:へぇーっ…
立:びっくりしちゃってね。彼らは文化に対して貪欲ですからねぇ。
翔:はぁ…
立:で、おくのほそ道で廻ってる、外国人、けっこう居ます。
翔:あ、そうですか…
立:だから今の解釈、彼らがどのように読んでるか、ちょっと探してみないとわかんないけど、今の時代を芭蕉に向けることもできるんですね。これだけ芭蕉に想いを持って、おくのほそ道を旅する人が、後から後からいるっていうことは、我々はもう今の時代を芭蕉にやっぱり捧げていて
翔:うーん…
立:我々、僕の解釈なんか、もし芭蕉に言ったらば、ちょっと恥ずかしくて歯がゆいところもあるけれども、居ないのを幸いに好きなことを言ってるんだけど。でも僕らは今の時代を背負わなきゃ、しょうがないですよね。
翔:うーん…
立:そんな意味でね、時代を芭蕉に…まあ、捧げざるをえないわけです。
翔:うーん…。わかりました。では最後に、この番組で『言葉の力』というものを探ってるんですけども、その…立松さんご自身のお考えになる『言葉の力』というのは、ズバリ何でしょう?
立:うーん。何でしょうねぇ…。まあ、こう…魂に入るってことかな。
翔:魂に入る…。ほぉ…。と、言いますと…?
立:だから、まあ、心を動かす…
翔:うーん…
立:その人の人生を変える…、大きくはね。
そろそろお別れの時間が近づいて来ました。
J-WAVE SPECIAL ART OF WARDS 櫻井翔の『おくのほそ道』
今回、番組全体を通して感じたこと…なんですけども。
まず…、僕はおくのほそ道にこれだけ、こう…どっぷりとしっかりと向き合う…の初めてだったんですけど、もういろいろな発見がありました。
まず、その…今で言う、ま、サンプリングと言いましょうか、その先人たちの言葉を使ってみたり、また別のアプローチで、その先人たちの言葉を、んー、表現してみたり、んー、何かサンプリングのようなものもあったり。
また、この番組の中の話でも出て来ましたが、えー、ダブルミーニング、トリプルミーニング、いろんな言葉を意味を重ねて重ねて作っていく…すごく、すごい面白い…かったですねぇ。
そして、またあの、今回おくのほそ道の場所に実際に行ってみたわけですけども、そこで、俳句を素人ながらに作ってみる、その作業というのが、僕のラップ詞を書く…作業…に、すごく似ていました。
と言うのも、ラップ詞を書く時にリリックを書く時に、何か一枚の絵・景色のようなものを頭に浮かべ、それを文字に言葉に落としていく、作業をすることがあるんですけれども、まさにその目の前に広がっている、いま見てるものを文字に言葉に落としていくという作業というのは少し、僕のラップを作る、うーん、作業に似ていました。
ただそれを五・七・五、わずか17文字、どんどんどんどん削ぎ落として、わずか17文字に書き落とす…非っ常に難しかったですね。
あらためて、その俳句の難しさ、その奥の深さ、うーん…感じました。
えー、立松さんもおっしゃってましたけれども、これから、言葉と向き合う上で、言葉を生み出していく上で、魂を揺さぶる…そんな言葉の力を感じれる瞬間を、たくさんあるといいなぁと思いました。
これから、魂を揺さぶる言葉と、どれだけ出逢い、また、多くの人たちの魂を揺さぶることができるような言葉を、生み出せるよう、伝えるよう、これからも、言葉の力を探っていきたいと思いました。
以上、櫻井翔でした。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
あくまでも、自分のための記録として作ったものなのですが。
前回は翔ちゃんの話している部分を切り取って作ったので、若干気に入らないこともありまして。
今回は、自分には題材も扱いやすい気もして、大長編にチャレンジしてみました。
自己満足に過ぎないものですけども…。
長々とお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
死・別れ・別れ…、その次に来るのは再生・再会です。
全ての別れが今生の別れではない。
25才の若さで、あの世へ旅立った藤堂家の若殿様。
師匠の来訪を待たずに早世した愛弟子、金沢の一笑。
二度と逢えない人いるけれど、皆が皆帰って来ないわけではない。
別れの後の再会ほど嬉しいものはない。
福井の町を一人訪れた芭蕉。
ここからは甦るかのように芭蕉一門があちこち集まり、旅の終着地大垣への大団円に向かっていきます。
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
露通もこの港まで出で迎ひて、美濃の国へと伴ふ。駒に助けられて大垣の庄に入れば、曾良も伊勢より来たり合ひ、越人(えつじん)も馬を飛ばせて、如行(じょこう)が家に入り集まる。前川子(ぜんせんし)・荊口(けいこう)父子、その他親しき人々、日夜訪(とぶら)ひて、蘇生の者に会ふがごとく、かつ喜びかついたはる。旅のものうさもいまだやまざるに、長月六日になれば、伊勢の遷宮拝まんと、また舟に乗りて、
蛤(はまぐり)のふたみに別れ行く秋ぞ
蛤のふたみに別れ行く秋ぞ
大垣の町へ入るまでは、馬に乗って楽をさせてもらった。
町に着くと、療養していたはずの曾良も、伊勢の国から駆けつけてくれているじゃないか。
良かった良かった…。
親しい人たちが昼夜を問わず訪ねてくれて、私の無事をやんややんやと喜んで、死人が生き返ったかのような扱い。
お疲れさまです、と口々に労ってくれる。
旅の疲れもまだ抜けきっていなかったが、9月6日になったので、伊勢の遷宮を拝もうと、また舟に乗って出発した。
何しろ、21年に一度の上陣、次はもう無いのだ。
蛤のふたみに別れ行く秋ぞ
蛤のふたみに別れ行く秋ぞ
ふたと身に分かれる蛤のように、二見が浦へと旅立つ秋。
寂しい季節の別れだけども、出逢いがあるから別れがある。
さよならこそ、私の人生なんだ。
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
3月27日、千住を旅立ち、東北地方をぐるりと巡り、北陸を下ったおくのほそ道は9月6日、最後の一句で締めくくられました。
実に155日・2400kmに及ぶ、長い長い旅でした。
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
旅のスタート、この番組の冒頭、千住を旅立つ時に芭蕉が詠んだ句を覚えていますか?
行く春や鳥なき魚の目は涙
そして、この大垣で最後に詠んだ句は
蛤のふたみに別れ行く秋ぞ
「行く春」と「行く秋」が対照となる、実に見事な結びになっています。
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
その後、芭蕉は故郷の伊賀と江戸で5年を過ごし、おくのほそ道を完成させました。
綺麗に手書きした清書本を携え、芭蕉は伊賀の兄のもとへそれを届け、そこから九州に向けて旅立ちました。
芭蕉の人生の旅が唐突に終わりを告げたのは、その旅の途中…大阪の地でした。
病床に就く芭蕉が残した最後の一句は、弟子が書き留めたこんな句でした。
旅に病んで夢は枯野(かれの)をかけ廻る
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
旅に病んで夢は枯野をかけ廻る
元禄7年10月12日午前4時。
奇しくも今日です。
松尾芭蕉は、波乱に富んだ生涯に筆を置きます。
享年51才でした。
体が動く限り旅をする。
体が動かなければ夢で旅をする。
最後の瞬間まで旅することをやめなかった芭蕉。
漂泊の詩人でした。
翔:ひとつ、立松さんの著書を拝見してる中で、僕は理解でき…なかったのがー、その「言葉は時代を旅をする」という中で、芭蕉の言葉は、…僕・私たちを繋いでくれる。一方で、私たちの言葉も芭蕉の世界を繋げてるんだ…ということが書かれていたんですけれども、これは…どういうことなんでしょう?私たちから芭蕉へということが、ちょっと…わからなかったんですけれどもー。
立:ただその旅というものが、芭蕉の時代の旅と今の旅と、やはり違ってきますでしょ?
翔:うん。
立:だけど芭蕉の旅は、どっちかっていうと、求道の旅、道を極める旅ですよね?
翔:はい。
立:我々の旅っていうのは、旅行社が毎日、新聞たくさん誘いの広告を載せてくるけど、快楽の旅ですよね。
翔:うーん。
立:それは旅の仕方としては変わっているけども、でも一方で、例えば四国八十八ヶ所を巡ろうとか…
翔:はい。
立:ま、おくのほそ道でもいいです。
翔:うーん。
立:そういう旅の形を時代時代に作っていくわけですよね。で、例えばね、こないだ高野山に行ったらフランス人が多くてね、日本人より多いんです。僧房に行ったら。
翔:へぇーっ…
立:びっくりしちゃってね。彼らは文化に対して貪欲ですからねぇ。
翔:はぁ…
立:で、おくのほそ道で廻ってる、外国人、けっこう居ます。
翔:あ、そうですか…
立:だから今の解釈、彼らがどのように読んでるか、ちょっと探してみないとわかんないけど、今の時代を芭蕉に向けることもできるんですね。これだけ芭蕉に想いを持って、おくのほそ道を旅する人が、後から後からいるっていうことは、我々はもう今の時代を芭蕉にやっぱり捧げていて
翔:うーん…
立:我々、僕の解釈なんか、もし芭蕉に言ったらば、ちょっと恥ずかしくて歯がゆいところもあるけれども、居ないのを幸いに好きなことを言ってるんだけど。でも僕らは今の時代を背負わなきゃ、しょうがないですよね。
翔:うーん…
立:そんな意味でね、時代を芭蕉に…まあ、捧げざるをえないわけです。
翔:うーん…。わかりました。では最後に、この番組で『言葉の力』というものを探ってるんですけども、その…立松さんご自身のお考えになる『言葉の力』というのは、ズバリ何でしょう?
立:うーん。何でしょうねぇ…。まあ、こう…魂に入るってことかな。
翔:魂に入る…。ほぉ…。と、言いますと…?
立:だから、まあ、心を動かす…
翔:うーん…
立:その人の人生を変える…、大きくはね。
そろそろお別れの時間が近づいて来ました。
J-WAVE SPECIAL ART OF WARDS 櫻井翔の『おくのほそ道』
今回、番組全体を通して感じたこと…なんですけども。
まず…、僕はおくのほそ道にこれだけ、こう…どっぷりとしっかりと向き合う…の初めてだったんですけど、もういろいろな発見がありました。
まず、その…今で言う、ま、サンプリングと言いましょうか、その先人たちの言葉を使ってみたり、また別のアプローチで、その先人たちの言葉を、んー、表現してみたり、んー、何かサンプリングのようなものもあったり。
また、この番組の中の話でも出て来ましたが、えー、ダブルミーニング、トリプルミーニング、いろんな言葉を意味を重ねて重ねて作っていく…すごく、すごい面白い…かったですねぇ。
そして、またあの、今回おくのほそ道の場所に実際に行ってみたわけですけども、そこで、俳句を素人ながらに作ってみる、その作業というのが、僕のラップ詞を書く…作業…に、すごく似ていました。
と言うのも、ラップ詞を書く時にリリックを書く時に、何か一枚の絵・景色のようなものを頭に浮かべ、それを文字に言葉に落としていく、作業をすることがあるんですけれども、まさにその目の前に広がっている、いま見てるものを文字に言葉に落としていくという作業というのは少し、僕のラップを作る、うーん、作業に似ていました。
ただそれを五・七・五、わずか17文字、どんどんどんどん削ぎ落として、わずか17文字に書き落とす…非っ常に難しかったですね。
あらためて、その俳句の難しさ、その奥の深さ、うーん…感じました。
えー、立松さんもおっしゃってましたけれども、これから、言葉と向き合う上で、言葉を生み出していく上で、魂を揺さぶる…そんな言葉の力を感じれる瞬間を、たくさんあるといいなぁと思いました。
これから、魂を揺さぶる言葉と、どれだけ出逢い、また、多くの人たちの魂を揺さぶることができるような言葉を、生み出せるよう、伝えるよう、これからも、言葉の力を探っていきたいと思いました。
以上、櫻井翔でした。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
あくまでも、自分のための記録として作ったものなのですが。
前回は翔ちゃんの話している部分を切り取って作ったので、若干気に入らないこともありまして。
今回は、自分には題材も扱いやすい気もして、大長編にチャレンジしてみました。
自己満足に過ぎないものですけども…。
長々とお付き合いくださいまして、ありがとうございました。