というわけで、最上川、川下り、終えてみましたけども。
うーん。
夕焼けと、それが伸びる最上川と、左右囲まれる山々と、いろんな…表情、景色を、短い瞬間で感じることが、できました。
えー、ここでー、ではこの1時間ほどで…。考えた…句なので。
…ちょっと恥ずかしいですけども…。
僕はやっぱり最後の滝が、あまりにドラマチックだったので、そこに引っ掛けて詠んでみたいと思います。
山を焼き水面に伸びる滝の白
山を焼き水面に伸びる滝の白
何か徐々に聞こえる滝の音、どんどん近づいて来る滝の音、現れた時に、すっと一線白く伸びる、滝の景色は、あまりに綺麗だったので、えー、こう詠んでみました。
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
危うい船旅を経た芭蕉と曾良は、修験道の聖地・出羽三山を巡礼し、港町酒田へとたどり着きます。
最上川が海と一体となる日本海の町で、もうひとつ、この川の句が生まれました。
暑き日を海に入れたり最上川
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
暑き日を海に入れたり最上川
船を呑み込まんばかりの急流は、旅を経て大河となり、さらに水かさを増し、最上川は夏の暑さを、太陽もろとも呑み込んでしまったかのような。夕暮れの後に残るは、涼しさばかりだ。
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
芭蕉の旅も折り返し地点。
東の松島と並び称される名勝、象潟(さきがた)を訪れた芭蕉は、こんな見事な文章を残しています。
俤(おもかげ)松島に通ひて、また異なり。松島は笑ふがごとく、象潟は憾(うら)むがごとし。寂しさに悲しみを加へて、地勢(ちせい)魂を悩ますに似たり。
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
象潟の面影は松島に似ているが、また異なる。
松島は笑っているようで、象潟は憂えているようだ。
寂しさに悲しみを加え、心悩ませる…美女のような景色だ。
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
ここから終着地の大垣まで、秋の日本海の旅は、朝日の射す太平洋の旅とは、また一味違ったものになります。
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
酒田のなごり日を重ねて、北陸道の雲に望む。遥々(えうえう)の思ひ胸をいたましめて、加賀の府まで百三十里と聞く。鼠(ねず)の関を越ゆれば、越後の地に歩行(あゆみ)を改めて、越中の国市振(いちぶり)の関に至る。この間九日、処湿の労に神を悩まし、病おこりて事を記さず。
文月や六日も常の夜には似ず
文月や六日も常の夜には似ず
荒海や佐渡に横たふ天の河
荒海や佐渡に横たふ天の河
酒田の俳句仲間との別れが名残惜しく、ずるずると滞在を延ばしながら、これから向かう北陸道の遥かな空の雲を仰いだ。
そうだ…!
加賀にいる一笑という弟子に逢いに行かなくちゃ。
聞けば、加賀の国の金沢までは、520kmもあるっていう。
その長い長い旅になることを考えれば、憂鬱になる。
この九日間は、暑さと湿気でへとへとになり、持病の痔まで悪化して…あぁ、痛た…とてもじゃないが、旅の記録は何もつけられない…。
文月や六日も常の夜には似ず
明日の夜は七夕。
彦星と織り姫が年に一度の出逢いをする…そう思うだけで、いつもと違う。
格別の思いがする夜である。
荒海や佐渡に横たふ天の河
日本海の荒波が黒々と隔てる、その沖に浮かぶ佐渡島。
天の川が堂々と横たわっている。
佐渡は奈良時代より、順徳院、日蓮、世阿弥…時の権力に抗った多くの人が、流された島。
七夕の今夜は、彦星と織り姫…二つの星も天の川を渡って出逢いを遂げる。
島の人たちも、久々に逢いたい人がいて、空を見上げていることだろう。
そんな想像をするだけで、自分の胸も、締めつけられるようだ…。
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
晩春にスタートした『おくのほそ道』の道行き。
折り返し点も過ぎ、季節は真夏です。
長い長い距離を、ただひたすら歩く…人生50年と言われた時代の、46才の芭蕉には大きな目的・目標のある旅ではあっても、さぞかし厳しいものだったでしょう。
芭蕉は七夕の夜の天の川を利用して、ひとっ飛びに行きたかったかもしれません。
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
今回のART OF WORDSの旅に出るまで、おくのほそ道は芭蕉の旅日記のようなものだろうと、僕…櫻井翔は考えていました。
でも少しずつ調べていくと、えっ!?と驚かされることばかりなのです。
ここで再び立松和平さんに伺いました。
翔:芭蕉がおくのほそ道の旅に出たのが元禄ニ年の春。で、書き上げられたのが元禄七年の五月。5年の月日を費やしてる…わけですよね?こういったものというのは、紀行文の執筆にはよくあることなんでしょうか?
立:めったにないんじゃないですか。僕なんか、すぐ書いちゃうけどね。
翔:ははは(笑)。
立:旅の最中に書いちゃうけどー、もうこれは僕らの感覚と違いますよ。発表して、それで原稿料もらうとか。
翔:うーん。
立:そういうもんではないんですよね。
翔:うん。
立:これは伊賀上野のお兄さん、世話になったお兄さん、自分を庇護してくれて助けてくれたお兄さんに、あげたんですね。おくのほそ道を。
翔:はあ…。
立:捧げたの。っていうかね、それをお兄さんが能筆家に渡して筆写して、それで流布してったわけです。
翔:はあ…。
立:だから芭蕉自体は、これで印税稼ぐとか、そういうことは全然ないの。
翔:はあ…。なるほど。では、これだけ5年かけるっていうのは、それなりの試行錯誤の末、おくのほそ道という、ひとつのまあフィクションと呼んで良いのかわからないですけど、作品…に、時間をかけて、丁寧に作っていった…
立:僕は、この芭蕉が蕉風を確立したのは、このおくのほそ道だと思いますから、その蕉風を確立したことをね、その過程をやっぱりきちっと残しておきたいんだと思う。だから推敲に推敲を重ねて、俳句なんかも、もうどんどんどんどん入れ替わっていくわけですね。そういう推敲を重ねて、ま、5年間かかってしまった…んじゃないですかね。
翔:うーん。
立:芭蕉としたらば、もう本当に自分の人生をかけた、完成品というかね。
翔:うーん。
立:蕉風に到達したぞ!という強い自覚があったんじゃないんでしょうかね。
翔:…あのー、およそ、まあ150日間かけて旅した記録を収めた『おくのほそ道』ですけれども…。ものすごい短い文章で簡潔にまとめられてますよね。何かこう、今おっしゃってたように言葉を替えながらー、どんどんどんどん要らないものを削ぎ落としていくような。短い文章・短い言葉で、相手にこう物事を伝える…表現する、この術というのは、どういったものなんでしょうか…。
立:今の時代とは逆行してますよ。
翔:はぁー…。
立:パソコンでやれば、どんどんどんどん膨らんでくる。
翔:ですよね…。
立:それはやっぱり筆で書いてー、削ぎ落としていくのが俳諧ですから。
翔:うーん。
立:俳句ですから、五・七・五しかないんですから。
翔:うーん。
立:五・七・五だから17文字しかないところに、宇宙を表現しちゃう「荒海や佐渡に横たふ天の河」…ものすごく世界が広がりますね。
翔:うーん。
立:やっぱり俳諧っていうのは、文学は本来そうですけどー、削ぎ落として削ぎ落として、もう絞り切って出していくのが、そういう宿命があるんですね。
翔:うーん。
立:特に俳句というのは、そういうもんじゃないですか。
翔:はあー。
立:だから芭蕉の散文っていうのは、散文と言いながらも全部、詩の文章ですねぇ。
翔:うーん。
立:僕らの言う散文とはちょっと違う深みありますね。
翔:うーん。
立:だから芭蕉の『おくのほそ道』も、彼自身の本当に求めて止まなかった彼自身の境地、その蕉風という境地に到達した、そういうこう喜びみたいなものね、
翔:ほぉ…。
立:僕は感じますね。一字たりとね、一字一点さえも無駄にしないというね、完璧な世界を作ろうという感じかな。
芭蕉のような俳句の神様でも、悩みに悩み、推敲に推敲を重ね、ひとつの俳句を作るのに、労を惜しまなかった。
僕もいい詩ができるように励みにします。
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
おくのほそ道後半の旅には、死別や別れがつきまといます。
芭蕉は坂田から目指した金沢で、愛弟子の一笑に逢うことを楽しみにしていました。
が、町に着いた芭蕉が知ったのは、前年の冬、36才の若さで彼が他界していたという事実でした。
芭蕉が捧げた追悼の句からは、その悲しみがひしひしと伝わります。
塚も動け わが泣く声は秋の風
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
塚も動け わが泣く声は秋の風
金沢を出て向かった山中温泉では、ここまで芭蕉の手となり足となり、陰ひなたから旅をサポートしてきた曾良が、体調を崩します。
お供についていくことが叶わないと考えた曾良は、やむなく伊勢長島に住む知人のもとへ静養に向かいます。
更に天竜寺では、金沢から同行してくれた北枝(ほくし)とも別れ、ついに芭蕉はひとりぼっちになってしまいます。
日本海の旅では、寂しさや儚さを詠んだ句がいくつも見られます。
あかあかと日はつれなくも秋の風
むざんなや甲(かぶと)の下のきりぎりす
よもすがら秋風聞くや裏の山
芭蕉の悲しみが伝わってくるようです。
5に続く
うーん。
夕焼けと、それが伸びる最上川と、左右囲まれる山々と、いろんな…表情、景色を、短い瞬間で感じることが、できました。
えー、ここでー、ではこの1時間ほどで…。考えた…句なので。
…ちょっと恥ずかしいですけども…。
僕はやっぱり最後の滝が、あまりにドラマチックだったので、そこに引っ掛けて詠んでみたいと思います。
山を焼き水面に伸びる滝の白
山を焼き水面に伸びる滝の白
何か徐々に聞こえる滝の音、どんどん近づいて来る滝の音、現れた時に、すっと一線白く伸びる、滝の景色は、あまりに綺麗だったので、えー、こう詠んでみました。
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
危うい船旅を経た芭蕉と曾良は、修験道の聖地・出羽三山を巡礼し、港町酒田へとたどり着きます。
最上川が海と一体となる日本海の町で、もうひとつ、この川の句が生まれました。
暑き日を海に入れたり最上川
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
暑き日を海に入れたり最上川
船を呑み込まんばかりの急流は、旅を経て大河となり、さらに水かさを増し、最上川は夏の暑さを、太陽もろとも呑み込んでしまったかのような。夕暮れの後に残るは、涼しさばかりだ。
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
芭蕉の旅も折り返し地点。
東の松島と並び称される名勝、象潟(さきがた)を訪れた芭蕉は、こんな見事な文章を残しています。
俤(おもかげ)松島に通ひて、また異なり。松島は笑ふがごとく、象潟は憾(うら)むがごとし。寂しさに悲しみを加へて、地勢(ちせい)魂を悩ますに似たり。
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
象潟の面影は松島に似ているが、また異なる。
松島は笑っているようで、象潟は憂えているようだ。
寂しさに悲しみを加え、心悩ませる…美女のような景色だ。
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
ここから終着地の大垣まで、秋の日本海の旅は、朝日の射す太平洋の旅とは、また一味違ったものになります。
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
酒田のなごり日を重ねて、北陸道の雲に望む。遥々(えうえう)の思ひ胸をいたましめて、加賀の府まで百三十里と聞く。鼠(ねず)の関を越ゆれば、越後の地に歩行(あゆみ)を改めて、越中の国市振(いちぶり)の関に至る。この間九日、処湿の労に神を悩まし、病おこりて事を記さず。
文月や六日も常の夜には似ず
文月や六日も常の夜には似ず
荒海や佐渡に横たふ天の河
荒海や佐渡に横たふ天の河
酒田の俳句仲間との別れが名残惜しく、ずるずると滞在を延ばしながら、これから向かう北陸道の遥かな空の雲を仰いだ。
そうだ…!
加賀にいる一笑という弟子に逢いに行かなくちゃ。
聞けば、加賀の国の金沢までは、520kmもあるっていう。
その長い長い旅になることを考えれば、憂鬱になる。
この九日間は、暑さと湿気でへとへとになり、持病の痔まで悪化して…あぁ、痛た…とてもじゃないが、旅の記録は何もつけられない…。
文月や六日も常の夜には似ず
明日の夜は七夕。
彦星と織り姫が年に一度の出逢いをする…そう思うだけで、いつもと違う。
格別の思いがする夜である。
荒海や佐渡に横たふ天の河
日本海の荒波が黒々と隔てる、その沖に浮かぶ佐渡島。
天の川が堂々と横たわっている。
佐渡は奈良時代より、順徳院、日蓮、世阿弥…時の権力に抗った多くの人が、流された島。
七夕の今夜は、彦星と織り姫…二つの星も天の川を渡って出逢いを遂げる。
島の人たちも、久々に逢いたい人がいて、空を見上げていることだろう。
そんな想像をするだけで、自分の胸も、締めつけられるようだ…。
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
晩春にスタートした『おくのほそ道』の道行き。
折り返し点も過ぎ、季節は真夏です。
長い長い距離を、ただひたすら歩く…人生50年と言われた時代の、46才の芭蕉には大きな目的・目標のある旅ではあっても、さぞかし厳しいものだったでしょう。
芭蕉は七夕の夜の天の川を利用して、ひとっ飛びに行きたかったかもしれません。
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
今回のART OF WORDSの旅に出るまで、おくのほそ道は芭蕉の旅日記のようなものだろうと、僕…櫻井翔は考えていました。
でも少しずつ調べていくと、えっ!?と驚かされることばかりなのです。
ここで再び立松和平さんに伺いました。
翔:芭蕉がおくのほそ道の旅に出たのが元禄ニ年の春。で、書き上げられたのが元禄七年の五月。5年の月日を費やしてる…わけですよね?こういったものというのは、紀行文の執筆にはよくあることなんでしょうか?
立:めったにないんじゃないですか。僕なんか、すぐ書いちゃうけどね。
翔:ははは(笑)。
立:旅の最中に書いちゃうけどー、もうこれは僕らの感覚と違いますよ。発表して、それで原稿料もらうとか。
翔:うーん。
立:そういうもんではないんですよね。
翔:うん。
立:これは伊賀上野のお兄さん、世話になったお兄さん、自分を庇護してくれて助けてくれたお兄さんに、あげたんですね。おくのほそ道を。
翔:はあ…。
立:捧げたの。っていうかね、それをお兄さんが能筆家に渡して筆写して、それで流布してったわけです。
翔:はあ…。
立:だから芭蕉自体は、これで印税稼ぐとか、そういうことは全然ないの。
翔:はあ…。なるほど。では、これだけ5年かけるっていうのは、それなりの試行錯誤の末、おくのほそ道という、ひとつのまあフィクションと呼んで良いのかわからないですけど、作品…に、時間をかけて、丁寧に作っていった…
立:僕は、この芭蕉が蕉風を確立したのは、このおくのほそ道だと思いますから、その蕉風を確立したことをね、その過程をやっぱりきちっと残しておきたいんだと思う。だから推敲に推敲を重ねて、俳句なんかも、もうどんどんどんどん入れ替わっていくわけですね。そういう推敲を重ねて、ま、5年間かかってしまった…んじゃないですかね。
翔:うーん。
立:芭蕉としたらば、もう本当に自分の人生をかけた、完成品というかね。
翔:うーん。
立:蕉風に到達したぞ!という強い自覚があったんじゃないんでしょうかね。
翔:…あのー、およそ、まあ150日間かけて旅した記録を収めた『おくのほそ道』ですけれども…。ものすごい短い文章で簡潔にまとめられてますよね。何かこう、今おっしゃってたように言葉を替えながらー、どんどんどんどん要らないものを削ぎ落としていくような。短い文章・短い言葉で、相手にこう物事を伝える…表現する、この術というのは、どういったものなんでしょうか…。
立:今の時代とは逆行してますよ。
翔:はぁー…。
立:パソコンでやれば、どんどんどんどん膨らんでくる。
翔:ですよね…。
立:それはやっぱり筆で書いてー、削ぎ落としていくのが俳諧ですから。
翔:うーん。
立:俳句ですから、五・七・五しかないんですから。
翔:うーん。
立:五・七・五だから17文字しかないところに、宇宙を表現しちゃう「荒海や佐渡に横たふ天の河」…ものすごく世界が広がりますね。
翔:うーん。
立:やっぱり俳諧っていうのは、文学は本来そうですけどー、削ぎ落として削ぎ落として、もう絞り切って出していくのが、そういう宿命があるんですね。
翔:うーん。
立:特に俳句というのは、そういうもんじゃないですか。
翔:はあー。
立:だから芭蕉の散文っていうのは、散文と言いながらも全部、詩の文章ですねぇ。
翔:うーん。
立:僕らの言う散文とはちょっと違う深みありますね。
翔:うーん。
立:だから芭蕉の『おくのほそ道』も、彼自身の本当に求めて止まなかった彼自身の境地、その蕉風という境地に到達した、そういうこう喜びみたいなものね、
翔:ほぉ…。
立:僕は感じますね。一字たりとね、一字一点さえも無駄にしないというね、完璧な世界を作ろうという感じかな。
芭蕉のような俳句の神様でも、悩みに悩み、推敲に推敲を重ね、ひとつの俳句を作るのに、労を惜しまなかった。
僕もいい詩ができるように励みにします。
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
おくのほそ道後半の旅には、死別や別れがつきまといます。
芭蕉は坂田から目指した金沢で、愛弟子の一笑に逢うことを楽しみにしていました。
が、町に着いた芭蕉が知ったのは、前年の冬、36才の若さで彼が他界していたという事実でした。
芭蕉が捧げた追悼の句からは、その悲しみがひしひしと伝わります。
塚も動け わが泣く声は秋の風
★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆
塚も動け わが泣く声は秋の風
金沢を出て向かった山中温泉では、ここまで芭蕉の手となり足となり、陰ひなたから旅をサポートしてきた曾良が、体調を崩します。
お供についていくことが叶わないと考えた曾良は、やむなく伊勢長島に住む知人のもとへ静養に向かいます。
更に天竜寺では、金沢から同行してくれた北枝(ほくし)とも別れ、ついに芭蕉はひとりぼっちになってしまいます。
日本海の旅では、寂しさや儚さを詠んだ句がいくつも見られます。
あかあかと日はつれなくも秋の風
むざんなや甲(かぶと)の下のきりぎりす
よもすがら秋風聞くや裏の山
芭蕉の悲しみが伝わってくるようです。
5に続く