本職が忙しくブログ更新がまったく出来ませんでした。
申し訳ありません。
今回はどんなお話をしようか考えまして、鉄道の在り方や時代の変化についてお話しを書こうと思いました。
鉄道の始まりは明治時代であり、最初の区間が新橋〜横浜間が日本の鉄道の始まりです。
開業当初は電車では無く、蒸気機関車でした。
新橋から横浜まで現代であればJRの東海道線、横須賀線、京浜東北線に加え、都営地下鉄から京急線を直通しての4つの線路が結ばれており、所要時間も1時間かからず速度も100km以上出して走行してます。昔はこの区間を1時間以上かけて速度も今の半分で鉄道はとても高額な乗り物で現代では想像もつかない乗り物でした。
技術の進歩により、蒸気から電気へ変わり編成も長くなったり機関車で客車を引っ張る時代でなく車両一つ一つにモーターを搭載して、旅行や長距離輸送から短距離輸送、通勤輸送も加わり、国鉄が日本全国に線路を伸ばし、現代の大手各社が東京、名古屋、大阪の3大都市や神奈川、千葉、埼玉、神戸、京都、岐阜、福岡、など都市部を中心に線路を伸ばし、さらに地方都市にも中小私鉄が張り巡らされて日本は鉄道王国へとなって行きました。
しかし近年、赤字路線や新幹線の開通などで廃線になる区間が多く発生しております。昔のように寝台特急もないし、食堂車が付いてる車両もない、中距離と呼ばれている近郊型区間の列車も通勤通学がメインとなり車両もロングシートが主体であり、東京上野を起点に長くても北は宇都宮や高崎、新前橋、土浦、勝田などであり、昔は新潟や長野、黒磯や原ノ町など普通列車でも長距離列車があった頃が懐かしい時代になりまし。
現代は東海道線と高崎線、宇都宮線を直通する列車がメインとなったので、熱海や小田原、平塚、または横須賀線の逗子から宇都宮、小金井、籠原、高崎、新前橋へ行く列車や、常磐線も起点を上野から品川へ変更するなど、距離を考えると区間は違えど東京や上野が起点でなく中間位置に当てて通勤通学をメインの中距離列車へと時代が変わりましたね。
さらには、昔は上野駅を発車する長距離特急列車の数の多さも魅力的でした。新幹線開通前はやまびこ、とき、あさま、はくたか、つばさ、はくさん、かがやきは現在の新幹線でもありますが、昔は在来線特急です。その他にもひばり、やまばと、はつかり、あいづ、みちのくなど、今の若い人が知らない愛称特急もありました。ちなみに昔はこの特急列車の中でもL特急と言われてる特急がありました。
エル特急、L特急(エルとっきゅう)とは、日本国有鉄道(国鉄)から、かつて使われていた昼行で運行本数の多い在来線の特別急行列車(特急)の愛称である。特急料金は特急と同額。
紹介した特急の中でL特急は、やまびこ、とき、あさま、つばさ、はつかり、やまばと、ひばりです。
その他の列車は運行本数が少ない為L特急では無かったようです。
ちなみに、新潟から秋田を結ぶ特急いなほも当時は上野始発でした。いなほは、上越線経由で新潟までそこから現在の羽越本線を経由して秋田まで走行してました。
つばさも現在の山形新幹線と同様で福島まで東北本線を通り、そこから奥羽本線で山形、新庄を通りそのまま大曲を通り現在の秋田新幹線の区間で秋田まで走行してました。
はくたかに至っては、この当時では遠回りと感じる上越線経由で長岡まで行きそこから信越本線(長岡〜柏崎〜直江津)、北陸本線を通り金沢まで行ってました。北越急行開通後は越後湯沢を起点にほくほく線経由で信越本線の犀潟駅で合流して直江津を通り北陸本線を通って金沢までの区間へ変わりました。
その後登場した、はくさん、能登などは、上越線周りでなく、碓氷峠を通る信越本線(高崎〜軽井沢〜長野〜直江津)経由であるのにもかかわらず、北陸方面へは当時それでも5時間以上を要しており、現在3時間圏内なのは鉄道技術の発展の象徴だと感じられます。
在来線特急も新幹線開通に伴い区間が縮小を繰り返し、現在残っている在来線特急に至ってる状態です。
ところで、皆さんは現在関東圏発の在来線特急って全部言えますかね?
東海道本線
踊り子、サフィール踊り子、湘南
横須賀線、総武本線、京葉線
成田エクスプレス
しおさい、わかしお、さざなみ
中央本線
あずさ、かいじ、富士回遊、はちおうじ、おうめ
常磐線
ひたち、ときわ
高崎線
草津、四万、あかぎ
東北本線(東武線経由)
スペーシア日光、きぬがわ
現在定期的に走る特急はこれだけになります。
どの特急も長くてもひたちの仙台までの4時間半程の乗車で、5時間越えの在来線特急は存在しないのです。
食堂車や車販がなくなるのも納得できますね。
私が幼少期は在来線特急はまだ辛うじて走っていましたが、急行列車はほぼ絶滅していました。
車両の話になりますが、183系や485系、横軽対応の189系、489系が特急車でそれを補完する形で急行形の165系、169系、交直車455系など昔の国鉄形と呼ばれる車両が沢山走っていました。
今の若い方達には形式すら分からない人もいると思います。
平成後期から令和にかけては、特急列車よりも観光列車の方が在来線のメインになりましたね。JRに限らず地方私鉄や、3セクの会社も積極的に走らせてますよね。
時代の移り変わりで鉄道と言う物の在り方が数十年でだいぶ変わりました。しかし、いつの時代も鉄道が走り続ける、旅行が好きな方や、写真を撮る方、音を撮る方や、模型を趣味にと鉄道にはさまざまな思入れがある方が沢山いらっしゃいます。
いつか鉄道が無くなる日が訪れるかもしれないですが、思い出は一生続いて行きます。今の鉄道ファンの方達も沢山の思い出を作って下さい。