初めに、あかりの自己紹介をします | 再婚相手がasdグレーゾーン⁉カサンドラ妻を乗り越えて経済的自立を楽しく目指すぞぉ~

再婚相手がasdグレーゾーン⁉カサンドラ妻を乗り越えて経済的自立を楽しく目指すぞぉ~

20年間シングルマザーだった私が、asdグレーゾーンの夫と再婚して
私はカサンドラ妻になった。夫が変わらなければ、私が変わろう!
自分の居場所を作り、自分を大切にしながら楽しく過ごせています。

はじめまして(^▽^)/

アラ還バツイチ同士の再婚で夫と二人暮らし。
父が入院にしたのをきっかけに、

父の世話と母の介護のために、
夫と共に仕事を辞めて、

県外から私の実家に
引っ越して2年が経ちました。


夫とは、遠距離恋愛4年、同棲1年を経て

めでたく結婚!

はて、
結婚後に気づいたことは、
さっきまで会話していたことが、
リセットされている?


昨日2人で話して、行き先まで決めたお出かけが、
なかったことになっている?

寝る前に、明日はこれしたいな〜と、
いわゆるフツーの会話をしていたはずなのに、
翌朝起きたら、覚えていない?

常々、こうして欲しいと伝えているのに、
理解されていない?

そんな事が、だんだん高頻度で出現。
おや?なんかおかしい。。

若年性アルツハイマー?
いやいや、何これ??



物事に流されない自分を持っている
頼もしい男性と思いこんでこの人に決めたのに。

ずっと悩みに悩んで、相当悩んで悩んでいた日々が

5年ほど過ぎて
ネットで見つけた言葉asdにたどり着き、
その本を読み進める度に、
ウンウンぴったり当てはまる!

これだ!と納得!!



更年期症状ポーンもそれに比例して顕著になり、
病院に行ってはいろんな漢方薬を
飲んでいました。ガーンガーンガーン



今、私の年代の方々で、私と同じように、
親の介護夫のこと家族のこと
そして自分のことで悩みを
感じている方がいらっしゃったら、

共感していただける部分が、
少なからずあるのではないか、

そのような気持ちを抱くことがあるのなら、
その思いを、私に教えてもらえませんか?

「共感」ニコニコ泣笑叫びを発信していきたいと思います。

 






《大学受験から一度目の結婚生活まで》

超厳しい家庭で育ち、高校で数学が、
特に証明問題が大好きで、理系に進むも、
県内の国立大学受験失敗えーんガーン
私立の理系大学で数学を学べる学校は、
全て県外。

県内の大学しか受験させないと親から言われ、
親に何回も理由を聞いたが教えてもらえない。
そして、県内しかダメだの一点張りむかつき

県内の私立大学も短大も、文系しかないのに。
何のために、理系クラスを選び、
数学頑張ったのか、、

もう、この家から出るためだけに、
県内の短大に進学。
2年はあっという間に過ぎました。
特待生制度を使い、
系列の大学(文学部)に編入学。

その間、禁止されていたバイトに勤しみ、
そこで出会った地方の芸人さんと知り合い、、、飛び出すハート


興信所で私の行動を逐一知っていた両親に、

職場から突然拉致され、縛られて車に乗せられて

実家に。すきを見て裸足で逃げ出しました

(ドラマみたいだけど、本当の話ゲッソリ

 

そして、駆け落ち(詳しくはのちのち。。)
借金と、小指と、酒癖と、、で、
9年間の結婚生活を終わらせました。



《シングルマザーとして》

約20年間、シングルマザーとして、
子供たちといろいろ大変な日々でした。

大変だったけれど、子供たちと水入らずで過ごした日々は

何にも代えがたい私の宝物です。おねがい愛


厳しかった父親の影響
(大きな声で叱られたり叩かれたり)もあり、
職場の上司から激しく叱責を受ける
毎日が続き鬱に。ふとん1ふとん2


心療内科を受診し薬を服用し
点滴を受けながらの日々。

毎日、気持ちがギリギリの日々でした。

子供たちにも、しなくていい苦労を
させてしまいました。
ヤングケアラーとしての苦労
させてしまった時期もありました。


気持ちが落ち込んでいた時、
同居していた父の一言で、自殺未遂。
この時の記憶があまりないのですが、
あとから子供たちに教えてもらいました。

その後、すぐに 遠距離交際をしていた

現夫の住むところへ行きました。


これは、私が病院に運ばれ
治療を受けている間に、
子供たちが彼に連絡して、
いろいろ話し合ってくれていました。


子供たちには、相当苦労をかけてしまいました。

 

私の居場所を、子供たちと夫が準備してくれたのです。

 




《親の介護》

そして、親の介護、親との同居の中、
現夫とのコミュニケーションがうまくいかず、
自分の選択が間違っていたのかと、自殺未遂。


でも、子供たちは、私を優しく優しく
言葉少なに包みこんでくれました。
孫も心配してくれていました。

子供たちに、私のできることは、、
私の老後を、子供たちに苦労をかけず、
心配かけずに、楽しく過ごすこと。



それが、子供たちへの孝行だと決めたのです。




そして、グレーゾーンの夫のことも、
夫の健康面も大切にしながらラブラブ
平和のため家庭調和のためラブラブ
フォローをそれとなくしながらラブラブ


自分の時間を、

自分の軸を、

自分自身を、
大切にしていきたいと思います