あの…………

 

極めの細かい真っ白な砂で

満たされている砂浜に

 

きゅぅっ

 

きゅっ

 

というオトを立てながら

少しずつ

うずもれていく

チェ・ヨン。

 

 

名実ともに

高麗一の呼び名を

欲しいままにしてきたその男は

 

自分の唯一の女

ユ・ウンスに

 

また

 

隠し

しまい込もうとしていた

 

自分の心の叫びを

その男の心の闇を

 

あからさまにされて

いる。

 

 

このような姿。

自分の女に

見せたくなどないのに。

 

いつも

強く立派な

たくましく頼れる男で

いたいのに。

 

どこの誰よりも

天界の男達よりも

最も

最高に

素敵な男で

燦然と輝いて

いたいのに。

 

そうである姿を

見せつけたいのに。

 

そうして……

 

いたいのにーーーーー。

 

 

そう、させてくれない。

ユ・ウンス。

 

そう、していられない

チェ・ヨン。

 

 

「なぜだ」

 

「どうして」

 

 

この言葉を

 

チェ・ヨンは

何度

その胸の内で

自分に

問いかけたのだろう。

 

 

その男の

まるで知らなかった

世界を

 

めくるめく万華鏡のように

くるくると変わるあの笑顔で

 

次から次へと新しいことを

見せ、伝える

あの人。

 

 

その度に

 

ぎゅぅううっ

 

チェ・ヨンの心臓が

破裂しそうな

オトをたてる。

 

自分ですらも

カンジタことのない

そんなオトを

ウンスに聞かれやしないかと

 

慌ててそのオトを

掴み、取り

そして背中に隠すように

怒った顔をする。

 

 

そんな

 

自分の女の愛し方すらも

ろくに知らない男に

 

いつも真っ正面から

向かってくる

 

唯一の

 

ひと

 

 

 

ウンスは

いつも必死だった。

 

はたからは

余裕があるように見えているが

 

実際、その女は

いつも

ギリギリいっぱいのところで

踏ん張っていた。

 

一歩、いや半歩

踏み間違えれば

その先は

暗く深い谷底で

 

這い上がることなど

決してできない世界。

 

 

「そうしていいのか」

 

「いけないのか」

 

迷っている。

いつも。

 

迷いに迷って

どちらへ行けばいいのか

分からなくなる。

 

 

頭を抱える。

髪をかきむしりたくなる。

助けてくれる人など

誰もいなくて

泣きたくなる。

 

実際、涙が

 

じわり

 

と、にじむ。

 

 

だが、しばらくして

きっと唇を固く結ぶ。

 

 

「やるしかない」

 

「迷った時は進む」

 

 

それがその女の信条だった。

子供の時からの。

 

 

 

そんなユ・ウンスが

 

初めて愛した

男の胸に

今、

 

その男によって

腫れ上がってしまった

その唇を

必死に

 

だが

 

それが分からぬように

静かに

穏やかに

 

あふれてならない

ウンスの愛を

滴らせながら

 

つぅぅううぅうぅぅう

 

と這わせている。

 

 

 

ユ・ウンスが

自分の瞳で

真っ正面から

見つめているのは

 

最初からずっと

 

チェ・ヨン

 

ただ一人。

 

 

初めて出会った、男。

 

自分が「男」と認める

男。

 

それが

チェ・ヨン

なのだ。

 

 

それより何より

なぜか分からないが

この男は

自分を

愛してくれている。

 

他の男たちとは違って

 

どうしたいのか

好きなのか

愛しているのか

 

はっきりしない

男たちとは違って

 

この男は

分かりやすいまでに

最初から

 

「自分の側を離れるな」

 

そう言ってくれた。

 

 

たとえそれが

義務から出た言葉でも

ユ・ウンスはよかった。

 

むしろ

武士の義務からなのだろうと

そう思うことにしていた。

 

その方が気楽だったし

これ以上、

のめり込んではいけないと

思っていたから。

無意識に。

 

 

「のめり込んでる…私……」

 

「ここから先はいっちゃだめ」

 

「この線を超えちゃだめ」

 

頭は、そう言っていた。

だが、躰が言うことを聞かない。

 

見てはダメだと言っても

見てしまう。

 

待ってはダメと言っても

待ってしまう。

 

ようやく会えて

嬉しそうな顔をしてはダメだと

言っても

自然に顔が笑ってしまう。

 

思わず

躰が走り出す。

 

我慢できずに

あの人に

しがみつく。

 

でも、

 

「その時までだから」

 

ずっと、そう、想っていた。

 

胸の内では。

 

 

なのに

あの人は

あの、何も喋らない

恥ずかしくて喋れない

そんな男が

 

「自分の側にいてくれぬか」

 

と、言ってくれた。

 

 

気づいたら

 

心の底からなどと

生易しいものではないほどの愛で

自分に向かってきて

 

だけど

 

途中で

 

傷ついて

悩んで

堕ちていく。

 

勝手に。

一人きりで。

自分を置き去りにして。

 

 

愛を知らなかった女は

それがこの男の愛し方なのだと

知るまでに

少しの時間が必要だった。

 

いや、分からない振りを

していたのかもしれない。

 

このすごい男を

自分のエゴで

ダメにしてはいけない。

 

すでに、ダメにしかけてる。

 

これじゃ、だめ。

身を引かなければ。

 

自分は死んだように生きることになっても

この男の側から離れなければ

いけない。

 

でも、少しの間だけ。

 

この、高麗にいるその時だけは

精一杯、この男を

愛したい。

 

 

そう、思っていた。

 

 

 

 

 

 

白い砂浜に

うずもれていく

男。

 

その男の胸を

あらわにして

 

自分のつけてしまった

赤いアトを消そうと

 

腫れた唇を

這わせる

女。

 

 

チェ・ヨンは………。

 

いつのまにか

倒れた躰を

投げ出していた。

 

その白い砂浜に

大きく

大きく。

 

そして

少しずつ

沈んでいく。

 

心地よく

その深みへと

埋もれていく。

 

 

あの時再び

固く縮こまろうとしていた

躰は

 

徐々に大きく開き

そして弛緩し

 

チェ・ヨンが恥ずかしいと

想っていた

その赤いアトが

 

あの薔薇の花びらのアトに

変わり始め

 

ついにその男は

また

息を

吹き返した。

 

 

「はああぁぁぁぁぁぁぁあああっ」

 

 

大きな

果てのない

息を吐く。

 

 

同時に

その胸は

脈を打ち始めた。

 

 

白く滑らかな

ウンスの腕など

到底回りきらない

そんな胸が

躍動し始める。

 

 

ど…く……ん……

 

どく…ん……

 

どくん……

 

どくん

どくん

どくん

 

どんどん強く大きくなる

そのオト。

 

すとんと落ちる

平らな胸が

隆起し

そこを這うウンスを

まさに今

 

逆に

縛りつけようとしている。

 

 

つぅぅぅうぅぅぅぅうっぅぅ

 

 

腫れた唇は

チェ・ヨンの瞳を

ちろりと

見ながら

 

その下まで

降りていく。

 

 

力なく閉じていた

チェ・ヨンの瞳に

一瞬の力が入り

 

あの分厚い唇が

 

「はぁっ」

 

という

愛を吐きながら

大きく反り返る。

 

 

砂浜を打つ躰。

 

沈む男。

 

さらに

 

沈む。

 

歓びの

その先へ。

 

 

 

 

 

 

「もっと……」

 

「もっ……と……」

 

 

 

 

うずもれ……た…い……」

 

「……ので……す……」

 

 

 

 

「イム…ジャ………」

 

 

 

「もっ……と……」

 

 

 

 

 

 

見える……

 

 

 

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俺の……

 

心……