どうしようもない男。

 

来るものすべて

拒絶して

自ら受け止めることなど

あるはずもなかった男。

 

自分の世界に閉じこもり

外を見ることなど

しなかった男。

 

迂達赤隊長 崔 瑩。

 

 

そんな男が

初めて

自ら、動いた。

 

この女だけのために………。

 

 

 

 

 


 

 

 

このひとだけは

どうしようもなく

飛び込んできた。

 

駄目だと言っても

向かってくる。

 

容赦無く

危険も顧みず

俺のところへ

向かってくる。

 

どうしてなのだ。

 

どうして、そこまで

命を賭けられる。

 

俺のために。

 

どうして。

 

自分の命が

惜しくないのか?

 

自分よりも

俺なのか。

 

あなたは………。

 

あなたという人は……。

 

 

最初に無理やり連れてきたのは

俺だったのに。

 

一度は戻ろうとしていたのに。

 

 

あの時から

変わった。

 

あの時から。

 

戻る意味も変わっていた。

 

「こんな世界にいられない」

 

から

 

本当は

 

「この俺の元にいてはいけない」へ

 

変わったのだろう?

 

 

「これ以上いたら、いけない」

 

「ここで止めなければ、ならない」

 

 

そう考えていたのだろう?

そうなのだろう?

 

分かるのだ。

俺もそうだったから。

 

 

「あの世界へ戻る時まで」

 

「その時まで」

 

そう想い、お護りするうちに

 

俺は………。

 

 

いつしか俺は

あなたから

目が離せなく

なっていた。

 

 

俺以外の男たちと

話すあなたを

見るのが辛く

 

だが、何も言えずに

影から見つめるしかなく。

 

 

ただ、影のように

あなたの後を

付いて回るだけ。

 

なのに

結局辛すぎて

そこを去るしか

ない俺。

 

 

そのようなことをしているから

 

時すでに遅し

そんなことばかりで、

 

あなたをあんなにも

危険な目に合わせて。

 

あなたを。

俺の愛する人を。

俺の唯一の人を。

 

敵に囚われ

傷つけられるなど。

 

許せぬ。

許せるはずなどない。

 

許せぬ。

自分が

許せぬ。

 

己が………。

 

 

これで

迂達赤隊長などと言えるか?

 

これで、高麗武士と

言えるのか?

 

言えるはずなど

ないだろう。

 

あのような場所に一人囚われ

 

どれほど、怖かったか。

どれほど、傷つかれたか。

 

どれほどの

心と躰の痛みを

あなたは

隠してこられたのか……。

 

あなたは………。

 

 

だから

 

 

叶うことなど

あるはずのない恋。

 

叶えては

いけない恋。

 

叶えてしまったら

あなたを

悲しませることになる。

 

 

お戻ししなければ。

あなたの世界へ。

 

あなたが輝き生きる

世界へ。

 

 

そう心に誓って

いたはずなのに。

 

 

あの時……俺は……。

 

 

これほどまでに

俺のことを

想い

 

命賭けるほどに

俺を

護ろうとしてくれて

いるのに

 

俺は……。

 

 

底なしの泥沼に自らはまり

這い上がれなくなり

しまいには

あなたを道連れに……

 

してしまう……

 

ところだった……。

 

 

 

どうしようもない男。

 

どうしようもなさすぎる男。

 

そのような俺を

このように

好いていただき

 

冷たく乾ききった躰に

このように

 

Rain

 

Snow

 

Rain………。

 

 

一体

なんと

言えば

よいのだろう。

 

 

なんと

言えば。

 

 

「アイシテル」

 

「愛している」

 

「想っております」

 

そのような言葉では

俺の想い

言い表せなどせぬ。

 

 

一体

どうすれば

よいのだろう。

 

どうすれば。

 

どうすれば………。

 

 

怖くて

踏み出せぬのです。

 

どうなるか

どうなってしまうのか

 

自分が怖くて

あなたに

向き合うことが

できぬのです。

 

 

「今宵………」

 

などと言い

紛らわせてみましたが

 

もう………

 

もう……。

 

 

破裂しそうなのです。

 

俺の心も

俺の胸も

 

俺の躰すべてが

引き裂かれそうで。

 

苦しいので…す……。

 

 

何も言わず

 

黙って

伏目にして

下を向いていることなど

 

もう……

 

できそうにありませぬ。

 

 

もう……。

 

 

インジャ……。

 

 

インジャ………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヨン………。

 

どうしたの。

ヨンア………。

 

私のヨン………。

 

 

私、ここにいても

いいのかな。

 

私、ここにいちゃ

だめ?

 

 

 

ヨンがそんなに苦しむのなら

私……。

 

ヨンの辛い顔

見たくない。

 

ヨンの苦しそうな顔

見たくない。

 

辛いの。私。

あなたのそんな顔を

見るのが。

 

辛いの。

 

だったら、天界で

一人で

死んだように

生きていた方が

ましなのかなって

 

その方がヨンを苦しめずに

すむのかなって

 

そう何度も何度も

思った。

 

私があなたに

こうして

しがみついているから

あなたがあなたでなくなって

 

迂達赤隊長の

高麗武士の

あなたで

いられなくなって

 

迷って

苦しんで

 

あんなに真っ青な顔で

生気もなくて

あんなに心臓も弱って

 

そんなチェ・ヨン

もうみたくない。

 

私…ムリ……。

 

離れた方が

いいの…か…な……。

 

私たち。

 

離れるべき

なの…かな……。

 

私たち……。

 

あなたと一緒に

未来を歩きたいけれど

このままでは

やっぱり

あなたをダメにしちゃう。

 

そんなのだめ。

あなたは

この高麗の

迂達赤の隊長なんだから。

 

私。チェ・ヨンを愛してる。

チェ・ヨンを。

 

だけどそのチェ・ヨンは

迂達赤の隊長なの

高麗の武士なの

 

すごい人なの

 

本当に

すごい人なのに

 

私が

だめに

してる

 

あなたを。

そんなのだめ。

 

だから…私たち…

 

やっぱり……。

 

笑ってるあなたが見たいの。

笑って微笑んでるあなたが。

はにかみ笑うあなたが……。

 

そんなチェ・ヨンで

いてほしい。

 

堂々として

どこにも迷いがなくて

そんなチェ・ヨンで。

 

 

 

 

 

 

 

インジャ……。

 

何を言っておるのだ。

 

あなたが俺をこうしたのだ。

あなたが…。

 

 

あなたのせい

なの……で…す……。

 

 

俺をこのように

してしまうのは

 

あなたの…せ…い……。

 

 

だが

 

だからこそ

 

あなたがいたからこそ

俺が俺に

なれたのではないか。

 

あなたが

気づかせてくれたのに。

 

俺という男が

どのようなものなのか……。

 

恥ずかしくて

見栄をはり

 

「なんです」

 

「どうしたのです」

 

「なんなのです」

 

そのような言葉ばかりを

繰り返し

 

「知りませぬ」

 

「できませぬ」

 

すべてはそれで

片付けようとしていた

卑怯な男なのです。

 

 

そんな俺が

もう、あなたを知ってしまった俺が

あなたなしで

どうやって生きるのです。

 

 

どうやって……。

 

生きられるわけが

ないで…しょ…う…。

 

 

あなたはさきほど

 

「死んだように生きる」

 

と言いましたが

 

私は

 

死んだようにすら

生きられぬ。

 

きっと…。

いや、絶対に……。

 

無理だ。

 

無理なのです……。

 

俺は……

あなたなしでは

 

生きられませぬ。

 

 

 

 


 

 

蒼白い月が輝く大晦日の夜。

 

崔家の湖に

新しい年を告げるさざ波が

一つ

立った。

 

その波は

静かに

そろそろと

 

新しい年を迎えるために

あの遠く離れた

岸へと

向かおうとしている。

 

 

 

ウンスの呼び寄せた

RainとSnowが

チェ・ヨンに

 

ぽつり

 

はらり

 

と落ち続け

 

からからに渇ききってしまった

その男の躰は

ようやく

潤いで満たされた。

 

それぞれに

蒼白い月を見上げていた

二人。

 

静かに向き合う。

 

 

 

二人の

その同じ色をした

瞳で

見つめ

語り合う。

 

 

辛い想い出を

幸せの未来へ

変えるために。

 

二人で再び

この先の

 

一山も

ふた山も

その倍も

さらに倍の倍の倍の……

大きな頂きを乗り越えて

行くのだと

 

目頭を三角に

だが

切なくしかめた

チェ・ヨンが

 

そう、ウンスを

説得する。

 

連れ戻されたのは

チェ・ヨンなのに。

 

今は

そのチェ・ヨンが

懇願している。

 

二人の瞳に

互いの姿だけが

映し出されている。

 

 

二人の躰だけが

映っている。

 

互いに見つめる。

 

それぞれの躰を。

 

その先の躰を。

 

じっと見つめる。

 

 

チェ・ヨンは

ついに耐えきれずに

腹の底から

絞り出すような

そのような声で

掠れた声で

言った。

 

 

 

「インジャ……」

 

 

「許さぬ」

 

「俺の元から離れるなど」

 

「そのようなこと」

 

「言ったら許さぬ」

 

「絶対に」

 

「許さぬっ」

 

「二度と、言うな」

 

「よいな」

 

「二度とだ」

 

 

最後の言葉を

言い切らぬうちに

チェ・ヨンは

 

Rainを自分のために

呼び続けてくれていた

ウンスの腕を

一瞬で腫れ上がるほどの強さで

ざんっと掴むと

自分の胸へ叩きつけるように引き寄せ

 

その胸がぎりっぎりっと

軋むオトを立てるまで

躰の中へと

押し付けた。

 

推し潰してしまいそうなまでに

自分の躰の中へと

無理やりに押し付ける。

 

自分の女の躰を。

そのすべてを。

 

自分に

チェ・ヨン自身に

強引に押し付ける。

 

「もっと」

 

「もっと」

 

と命令する。

 

 

いったい何が起こったのか

分からないウンス。

 

チェ・ヨンの熱すぎる胸に

息ができないくらいに

押し付けられ

頭も躰もその熱で

焼け落ちてしまいそうで

 

先ほど与えた

チェ・ヨンへの潤いが

その躰から一気に発せられ

それがかろうじて

ウンスの呼吸を助けているだけ。

 

 

「息が…でき……な……」

 

「くる……し…」

 

 

そのような言葉など

まるで耳にはいっていなかのような

顔をして

 

チェ・ヨンは

ウンスの頬を

もどかしそうに鷲掴みにすると

荒々しく持ち上げ

すべてを重ね

 

吸い上げた。

 

 

「どう……したいのです」

 

「俺を」

 

 

「…………」

 

「どうしたい……」

 

 

 

そう言いながら

 

カンカクがなくなるほど

その根がひきちぎれそうなほど

いや実際

引きちぎられて

 

痺れ…て……

 

シビレ…テ……

 

 

自然に閉じていることが

できなくなり

 

滴り

落ちた。

 

 

チェ・ヨンの愛

ウンスの愛

それぞれの愛が

 

滴り落ちる。

その端から。

 

つうぅぅぅぅぅぅううぅう

 

つうぅぅぅぅぅぅううぅう

 

落ちる。

 

 

どこにそれほどの

雫があったのかとおもうほど

 

つぅぅぅうぅぅぅうぅぅっっと

 

滴り落ちていく。

 

 

チェ・ヨンのすべてが

封じ込んだはずの

その端から。

 

 

 

 

なのに

 

「もっと」

 

と命令するチェ・ヨン。

 

その中で

さらに命令する。

 

 

「もっと…だろ…う…」

 

「もっと……」

 

 

ウンスはシビレすぎて

いうことを聞かなくなっている

 

だが

 

「もっと」

 

と命令するチェ・ヨンに

従うために

必死で

差し出す。

 

カンカクのなくなった

ウンスを。

 

 

ジンジンして

痛くて

痛すぎて

ちぎれそうで

たまらない。

 

 

だけど…

 

「いい」

 

 

ヨン…に……

 

 

もっと

 

もっと……

 

ヨンに………。

 

 

カンカクなどとっくになくなり

ジンジンとする熱だけしかない

それを

自然に差し出す。

 

もっと

 

もっとと。

 

 

すべてを

私のすべてを

 

あの人に

 

 

「もっと………………」

 

 

 

 

ウンスの中で

命令し続けた

チェ・ヨンは

ようやく満足そうに

自分の女のそれを見つめると

 

器用にそのすべてを

自分の中へと

ぎゅぅぅううぅうっと

 

しまい込んだ。

 

 

「はあぁっ」

 

思わず吐息が漏れる。

 

 

だが漏らすことのできたのも

それまでで

 

チェ・ヨンは

その後ずっと

 

自分の中から

出ることを

 

許さなかった。

 

 

 

 

「すべて、俺のもの」

 

「お前のすべて」

 

「俺のもの」

 

 

 

 

その言葉を

何度も何度も

繰り返す。

 

 

もう自分の力でなど立っていられず

倒れそうになるウンスを

すっと抱きかかえると

 

「あちらへ」

 

そう言い

二人のあの場所へ

 

ともにシビレ切って

感覚のないまま

向かっていった。

 

 

 

 

「俺に……」

 

「触れて………」

 

 

そう命令しながら………………。

 

 

 

「すべて、俺のもの」

 

「お前のすべて」

 

「俺のもの」