「インジャ・・」
「待ってといっただろう?」
「インジャっ」
「どこへ行くのだ」
「どこへ」
「ここにいろと
ここで待っていろと
言っただろう」
「俺の言うことが聞けぬのか
俺がこれほど言っているのに」
「俺が
これほど
言っているのに・・」
チェ・ヨンはまた
あの瞳で
ウンスを見つめた。
もう何度目だろうか
チェ・ヨンのこの瞳。
射るような
今にも貫いてしまいそうな
その視線。
だが、ウンスは
チェ・ヨンに何も言わない。
言おうとしない。
頑なに肩唇を噛みしめるだけ。
その瞳は、
怒りに震える振りをして
その実、揺らいでいた。
チェ・ヨンと同じ真っ黒な眼の
その奥で。
波打つように。
あの湖の
静けさの波とは真逆の
二人の浴槽の
荒立つ波のように
激しく揺らいでいる。
「なんだ」
「なんなのだ」
「俺が、何かをしたというのか」
自身の胸のすべてに
打ち震える声を響き渡らせながら
そう、問いかける。
射るようなチェ・ヨンの視線を
揺れる瞳を隠し打ち返すウンス。
11秒ーーーー。
二人の間で
刻まれる、刻。
「ヨン」
「したでしょ?」
「何がだ」
「だから、したでしょ?」
「俺が、何をしたと言うのだ」
「あれほどダメと言ったのに」
したじゃない」
「はあっ」
7秒の刻。
チェ・ヨンは、
そのつるんとした胸から
深すぎる息を
自分の想いを
吐きだし
そこに差し出した。
物音一つしない
チェ・ヨンの執務室。
黒光りする床が
蒼白い月の淡い光を受け跳ね返し
二人の頬だけを照らしている。
大切な刻が
その2秒がーーーー
過ぎて行く。
無情にも
過ぎて行く。
残された
2秒。
長い刻を経て
ようやく向き合えたと言うのに
また、無駄な刻で
終わらせようとしている
二人。
この11秒しか
ないのに。
これを逃せば
また二人は
すれ違い
通り過ぎ
背中を向けて
逆へと歩き
違う場へと行かねばならぬ。
それぞれの場で
偽りの
だが死と向き合うほどの
真剣な刻を
過ごさねばならぬ。
蒼白い月を
ちらりと見たチェ・ヨン。
2秒。
組し抱いた。
目の前にいる
自分の思うように一つもならぬ女を。
自分の胸に叩きつけるように
撥ねつけるように
無理矢理に抱き
瞬間、止まりそうになる
心臓のオトを
その女に伝わせる。
打ち震える躰。
堕ちそうになる心。
崩れそうな肩。
戦慄き
膝まづいてしまいそうな
脚ーーーー。
自分のどうにもできない
管理できない心を
その想いを
無理矢理
ユ・ウンスに
叩きつけた。
「イン……ジャ………」
「俺は………どうすれ…ば………」
「よいの……で……す……………」
跳ねるウンスの茶色い髪。
弓矢のようにしなる躰。
それに降りかかる
チェ・ヨンの聞いたことのない
甘すぎる
声。
頑丈に見えたチェ・ヨンの
思いがけぬほど華奢で若すぎる躰ーーーが
熱すぎて
今にも溺れそうになった
自分を無理矢理跳ね除け
がんじがらめにされようとした
その腕を無理矢理跳ね除け
ウンスはその扉の先へと
去こうとした。
11秒。
また終わるかに思えた
11秒。
二人の
いつもの
11秒。
「ならぬっ」
いつもはないその男の声が
雷攻のごとくつんざき
ウンスの逃げようとした腕を
真っ赤になるほど握りしめ
引き寄せ
骨が軋むまでその中に
しまい込み
吸い上げた。
無我夢中な
1秒。
消えそうになった未来を
引き寄せた
1秒。
次の瞬間を消す
1秒。
二人の
新たな
11秒ーーーー。