昨夜Iは「もう寝なさい」との注意に「明日絶対自分で起きるから」と言って一人鬼滅のアニメを見ていた模様。朝になって「もう起こさないと」とハラハラしているA子に「たとえ遅刻になっても絶対起こしちゃダメ」と釘を刺し、本人の自主性に任せる。俺たちの緊張感が伝わったか、何とか自力で起きてきて集合時間に間に合わせることができた。かなりギリギリだったけどね。
今日から二日間、成績不振者の特別指導があるので俺も通常出勤。正直俺の受け持ち集団では赤点を出していないので、指導するべき生徒もいないのだが、この学校は教科ごとに指導時間帯を区切っており、とりあえず社会科の受け持ち時間は待機しておいた方が良いだろうと思って。しかし案の定特にやることもなく、とりあえず社会科の受け持ち時間を補習者と共に視聴覚室で過ごす。司馬遼太郎「義経」を読みながら。1千年近い昔の出来事を、よくこう生き生きと見てきたように書けるものだ。
その後は職員室に戻り、冬休み明けの授業レジュメ作成など。これも本当は授業が始まってからの空き時間で十分対応可能なのだが、他にやる事もないので。今の暇が辛いというより、来年度以降どんな役職が廻ってきて(それは大体想像はついているのだが)どれほど忙しくなるかを想像して勝手におびえている。今の暇な境遇をありがたく受け入れればいいのだ。午前だけ勤務して年休早退。
14時半からお袋の入院している病院の担当医から1カ月経過の現況説明と退院に向けての段取り打ち合わせ。先に買い物をして家に置いていく余裕が取れた。これで病院からまっすぐ帰って明るいうちにトレーニングできる。医者の説明では経過は良好で、金曜の接骨担当が鎖骨の具合を確かめたうえで、週明けにも退院できるだろうとのこと。しかし打ち合わせ後そのことをお袋に伝えても、2カ月はいられるんだから年明けまで入院していたいと訴えてくる。入院するときはあれだけ嫌がったくせに、食事の用意やらリハビリやら周囲が世話を焼いてくれる快適さが手放せなくなっているようだ。「年末年始はスタッフも休まなければいけないし、退院できる身なんだからありがたく退院しよう」と言っても表情を硬くして押し黙るのみ。親父が死んでから本当に我が強くなった。ケアマネを呼んで説得させても、ずっと話をさせたうえで「じゃ、そういうことでよろしくお願いします」と頭を下げる。ん?そういうことって?「だから年明けの退院で」と、まるで話を聞いておらず自分の要求を突き付けるのみ。何だか今後の同居が心配になってきた。
結局お袋を病室に戻した後でケアマネに我が儘を詫び「検討した結果今月の退院が動かせなかった、と言って押し切っちゃえばいいですよ」と伝える。来週月曜の退院となりそうなので姉貴やS二へのグループラインで報告するとすぐに姉貴から「よかったね~これまで本当にご苦労さん」との返信が。いや、大変になるのは退院してからなんだが。言葉だけで全く関わろうとしない姿勢がよく分かる。S二一家は結局この冬もコロナ対策で帰省は見合わせるとのこと。まあ仕方ない。
帰ってトレーニング、冬休みの間どれだけ連続してできるか楽しみ。なのに途中でYから迎え依頼のラインが来て、室内メニューを終えたところで中断して駅を往復し、戻ってランニングから再開。出来れば15時半からの1時間は、トレーニング優先の時間帯とさせてもらいたいものだ。夕食は中華丼、お袋が買い置いて冷凍してあったサバ麹漬け。