本来この日記は翌日朝に書くようにしているのだが、今日は秋篠宮様の立皇嗣行事を見て、いろいろ思うことを忘れないうちに書いておこうと思う。春のステイホーム以来、古い蔵書を読み返す日々が続いているが、最近は小林よしのり「天皇論」「新天皇論」を読んでいたところだったので、余計にこの式典を意義深いことと感じた。
皇室典範が改正されていない現在、文仁様が皇太子になるのは理の当然なのだが、結局これで将来的な愛子様の即位の道は断たれたと言って良いだろう。第119代光格天皇の即位以来、8代ぶりに皇統の移行が決定づけられたことになる。男系天皇を守りたい派にとっては誠に喜ばしい慶事だろうが、ますます「女系容認論」は不要なものとして片づけられるに違いない。小林よしのり氏は「皇室の危機が深まった」と嘆いているに違いない。
しかし俺は思う。仮に愛子様が皇太子になっても、小林氏の指摘している「悠仁様に嫁入りする一般人」のプレッシャー以上に、女性天皇になることが決定している方に婿入りすることのハードルは高いだろう。男系保守派は必ず伏見宮系の男性を候補者として推すだろうし、たとえ世論が「女系でもいいじゃないか」となっても、美智子様や雅子様が入内時に受けたバッシング以上の批判や好奇の視線が婚約者に集中するのは想像に難くない。真子様と小室氏に対するマスコミ扱いを見れば推して知るべしであろう。
文仁様は過去に「自分は即位するつもりはない。短い在位であることが明らかな以上、即位式その他に大きな経費をかけるべきでない」的な発言をされている。であれば今回の立皇嗣は、皇太子の立場のまま悠仁様に禅譲するのか、何らかの目的のために前言を翻してあえて即位する道を選ぶ決心をしたか、であろう。前者であっても皇室典範の改定は必要なのだろうが、これはさしたるハードルもないことと思われる。(愛子様でなければ)悠仁様の即位こそ、日本人最大公約数の本願なのだから。
俺は上皇陛下が在位中に生前譲位の思いを全国民に吐露されて、好意的に受け入れられたことが、その後の息子たちの待ち受ける苦難への布石だったのではないかと思う。今上陛下と文仁様との話し合いで、恐らく遠くない将来また生前譲位が行われ、文仁様は悠仁様がご結婚されお子様がお生まれになるまで天皇の立場で見守り続けることになるのではないか。そして悠仁様と将来の妃殿下の間に女子しか生まれなかった場合、そしてお子様に恵まれなかった場合(またはご成婚自体が難しいと判断された場合)、改めて国民に自らの肉声で問うのではないだろうか。前者の場合は女系天皇を認めてほしい旨を、そして後者の場合はあまり考えたくないが、日本における天皇家の立場は自分の代で終わらせてほしい旨を。
素人のたわごとであり、荒唐無稽と言われればそれまで。こんなことを考えること自体が不敬なのかもしれない。しかし俺は平均的日本人くらいには皇室への敬愛の念は持ち合わせているつもりだ。だからこそ娘・息子に幸せな生涯を送ってほしいと願っているに違いない陛下・文仁様のお心を思うと、もう少し自由な選択肢が天皇家にあっても良いのではと考えるのだ。