さてやっと部活も終わり、本格的に掃除を始めなくては。昨日のミッションは夏ミカン酒作りだったのでこれは難なくクリア、今日の目的は2階の台所掃除である。これは半日はかかるだろう。起きて洗濯物を干していたら、A子が「今日の私のやる事は年賀状書きと2階のカウンター周り掃除!」と自分に言い聞かせるように宣言していった。なぜ俺に聞かせるのか。何かしらの言い訳、罪滅ぼしのつもりなのだろうが、彼女がいくら一生懸命年賀状を書こうがピアノ指導に熱を入れようが、それで俺が助かることは全くない。俺に借りを返そうと少しでも思うなら、ただただ掃除をしてほしいよ。
しかし過去の数々のトラウマから、どうしてもそれを直接彼女に言うことはできない。本人も俺が何を求めているか分かっているから、朝の発言のようにいちいち言い訳がましくなるのだろう、と思っていた。しかし朝食後に金魚の水替えをしているとまた来て「今日は9のつく日でクレープが安いんだよね~、食べさせにア○タへ連れて行っていいかな?あ、もちろんパパは付き合わなくていいから」との言。あれ、本当に年末に掃除をするつもりがないのだろうか。大混雑が分かり切っている年末のア○タへ乗り込んでいく気概はあるのに、家のことにはどうしてこう後ろ向きなんだろう…。
Yの塾送迎の帰りに夕食材を今日はこでらで買う。ま○かわ餃子の代わりのこ〇ら餃子デラックス版を無事購入。これで双方の実家集会で振る舞う分は確保できた。ただま○かわより随分あっさりしていて、あの感動には遠く及ばない。俺は予定通り午後から二階のキッチン周りの掃除に着手。上の戸棚からどんどん物を出してリビング一杯に並べだした俺を見てA子「申し訳ないね、何か手伝うことある?」とこれも定番の免罪符(と思っているのだろう)発言。俺のことを手伝わなくていいから、自分のやることをやってくれ。そう言われて彼女は自分の判断するやるべきこと=外出・買い物に出かけるのだった。
油まみれになって換気扇掃除を終え、キッチンの引き出し内も総ざらいして不要物を処分し、シンク下の食器・蝶理具類も全部出して拭き掃除を終え、片づけがあらかた終わる頃になって母子帰着。「すごい混雑で大変だった~」と苦労をアピールしてくるが、そりゃ分かり切っていただろう。2階へ上がって綺麗になったキッチンを見て子どもたちが口々に「パパありがとう」と言ってくれる。でも行動はそのまま母子でピアノ練習のようだ。俺は引き続き晩飯用意。今晩はブリ大根とポテサラ。
しかし俺は何だってこう厭味ったらしく「俺がこんなに家事を一手に背負っているのに、母子は勝手なことしているんだろう」と愚痴まみれな文章を書いているのか。第一、俺は買い物もクレープも全く興味がない、どころか懇願しても回避したいだろう。今日一日、誰に言われるでもなく自分で判断して自分の最良と思える日課をこなすことができた、それで十分満足すべきことなのではないか。確かに家の中は恐ろしく汚いが、それを本当にどうにかしたいと思うのなら人に頼るのでなく自分が動くべきなのだ。少なくともその必要性を感じているわけでない配偶者に押し付けるべきではないだろう。
あくまでも自分の満足は自分で作りだすべきもので、人の行動に期待して得ようと思うのが不幸の始まりだ。今晩のブリ大根はあらで作ったので身はバラバラになってしまい、しかし大根は軟らかく染み染みに煮えた。ポテサラは試食したA子の弁によると「子どもたちが好きそうな、はっきりした味だね」とのこと。どうやらマヨ味が濃すぎる点を指摘したかった模様。二階でテレビを見ながら食事。一昨日Yと見たM-1決勝を皆でまた視聴。A子はやけにぺこぱが気にいったようだが、これは1度見るから衝撃的なのであって、何度も楽しめるネタではないなあ。