最近は右足首の違和感もずいぶん減り、スムーズに歩けるようになってきた。まだ片足立ち等は体重を支え切れずにふらつくけど、日常生活にはほぼ支障ない。しかしこうやって少しずつ体にガタが来て不自由が溜まっていくのかと思うと憂鬱だ。年金受給まであと10年は働かねばならない計算だが、そもそも定年まで無事に勤め上げられるのだろうか。
しかし世Bの通史授業が終わり、気分は晴れやか。現金なものだ。後は今週中に期末テストを作る程度か、と思っていたら6限中に騒動が持ち上がる。7組のI藤S太がまた行方不明になったというのだ。結局トイレにいたわけだが、聞くと学校に来れるようになってからこれまで体育の授業はほぼ全てトイレでやり過ごしていたらしい。一昨日「無断欠席」についての生徒課長訓戒を受けたばかりだというのに…。
生徒課の面々から別室で取り調べを受け「どういうつもりだ」「何でも体調不良で許されると思うなよ」等々、叱責されまくっているS太に、今回ばかりは擁護する気になれず「指導しても改善できないなら、もう学校では責任もって預かれない」と言い放つ。課長・校長と相談して、しばらく自宅待機させて学校生活そのものを続けたいのか改めて考えさせ、強い決意を持たせたうえで改めて指導を考えるという運びに決定。
問題は、今日は母親が遅番で20時をすぎないと帰ってこないということ。必ず直帰するよう言い聞かせて単独で帰し、改めて21時に担任のO村さんと二人で経緯を説明に家庭訪問することとする。今晩はA子がレッスン20時までなので、俺がインスタントラーメンの夕食準備をすることになっていた。そう説明していったん帰らせてもらうことを申し述べると、校長・副校長とも大いに恐縮してくれた。この様子なら異動希望も慰留されず聞き届けてくれるかも、と思わぬ期待が膨らむ。
急いで帰って豚バラとピーマン・筍を炒めた具を乗せたラーメンを作り、A子が途中まで作ったポテサラを完成させて子どもたちに振る舞い、また出かける。心配していた母親の態度は、S太には怒り心頭なものの我々に対しては恐縮しており学校の方針を受け入れてくれてホッとする。しかし改めてS太の話を聞くと、そもそも体育科教諭の指導のずさんさが浮かび上がってきて、決してS太だけを一方的に責められないのでは、という気がしてくる。
そもそも休んでいた最中に体育の内容が選択制の球技に変わり、奴がどこにも所属表明をしないままトイレエスケイプを繰り返していたので所在発見が遅れたとの弁だったが、奴は「バスケをやりたい」と申し出て既にいっぱいだからと断られ、サッカーも同様に断られ、後は卓球しかないが誰に言いに行けば分からなかったところ「S本さんのところへ行け」と言われて出向くと「私じゃないんじゃないの~?」と言われ、誰のもとで活動するのか分からなかった、と説明する。むろん無断でのトイレ籠りは容認できないが、もう少し教員側の方から丁寧な働きかけがあったら結果は違っていたのではと推察する。
体育が近づくと不安が高じて気分が悪くなった、という奴の弁解も、それだけ威圧的な態度に悩まされていたというモラハラ告発に聞こえてくる。少なくとも今日の課長の「百歩譲って昨日までの体育欠席は体調不良だからと許せても、一昨日の指導の後の今日欠席は許せない」と言っていたのは、逆にこれまで問題視せず見逃してきた(誰が指導すべきか体育教員側が把握できてなかったから)ために、訓戒後も同じ行動をとってしまったと言えないだろうか。
疲れて帰ると21時半。待っていてくれたA子と一緒にラーメンをすする。うまかっちゃんはやっぱり旨いが、子どもたちには露骨な豚骨スープより醤油味の方が受けが良かったようだ。子どもたちが同席していないので、気が緩んで禁酒日なのに発泡酒・ワインを飲んでしまう。すると自室で勉強していたYのところへ後でA子が顔を出した時、Yが「パパはお酒飲んじゃったの?…まあそれで気分が良くなるなら仕方ないか」と論評していたと聞かされる。大人が約束破りを繰り返すようでは信頼をなくすなあと、わが身を反省。