今日は午前中年休。でもいつも通り起きて朝の準備、下二人を集団登校へ連れていく。小学校は離任式があるのだ。Wは最後の集団登校、揃ったところで記念写真…と思ったが、隣のT君が後から走ってきて一緒に入れず。今後、途中他班と合流するまではI達新4年生が通学班長になるのだそう。そして、この1班はついに小学生はIとY星くんだけになり、子供会連絡はうちとS藤家だけのやり取りになると、Y星くんママのT穂子さんから聞く。少子化だね~。

Yを連れてT竜病院へ。投薬指導や栄養指導等のレクチャーを受け、入院費の支払いを済ませ、お袋を車いすに乗せて病院を出る。2月19日の入院だったから実に36日の入院生活だったことになる。ずいぶん意識も表情もしっかりして、入院時の廃人同然だったことを思えば見違えるようだ。問題の足機能も、ほぼ自力でベッドから車いすに移行できたし、けっこう短い期間のリハビリで回復できるのではと期待している。

A子はレッスンがあるからといったん自宅に戻り、俺はYと一緒にお袋をJ全病院へ連れていく。一連の入院手続き、説明を受け、相談員から現況や将来展望など細かく聞かれ、いろいろ書類を提出してやっと転院終了。Yはずっと自由スペースで勉強していた。荷物持ちに付き合わせた以外はずっと待たせてしまった。お詫びにアイスココアをおごってやる。やたら甘い。

家に帰り、戻っている下二人のために昼食準備。A子が用意しておいた食材で焼きそば作り。5玉も用意されていて驚くが、今はもうそのくらい食べるとのこと。もちろんA子の分も入っているのだろうが。作り終えた後、改めて学校へ出勤。途中でK田先生から、E間母子が休学願いを出しに来ているが受け取っていいかどうかの連絡がはいる。N山の件で揉めたので、しっかり説明をしておきたいところだ。車を走らせ、なんとか説明の現場に間に合った。十分納得させたうえで、休学願いを受け取る。

その後は離任式時の日報作り、新3年教室・ロッカーのチェック、新年度部活の計画表など作って過ごす。申し訳ないが時間割は全面的に新教務メンバーに依頼、俺は顔も出さない。やることが山ほどあるのだ。それでも定時には終わらせてもらい、お袋の見舞いに寄って帰宅。新病室は大部屋で、不思議なことにこれだけ平地に移ってもやはりラジオは受信できないという。病院施設の保護のため、ある程度電波が遮断されているのかも。院内で使う靴を売店で買ってやり(ほぼ5千円と割高!競合店がないから足元を見てやがる)帰宅。

夕食はA子作の鶏牛蒡炊き込みご飯、アジの開き、スンドゥプと卵豆腐。Iはミニバスのため、三人で今放送していた村上信吾の「平成スポーツ命場面」とかいうバラエティを見て過ごしていたら、帰ってきたIが「これを始めから一緒に見たかった~」と愚図る。Iが見たいだろうジャパングルや関ジャムを我慢して、無難な選択をしていたのに…皆で楽しそうに見ていたので、余計に疎外感を掻き立てられたのだろう。