4時半に起き、洗濯物を干して部活へ。干し終わるころA子も起床、朝食を用意してくれようとするが今日は会議で昼の弁当が出る(と言うか俺が手配する)ので、朝は抜いて出勤。見送ってくれるのはありがたいが、俺がトイレへ行ったり金魚の餌をやったりしている間、バッグを持って待っていてくれるのが何とも心苦しい。できればマイペースで出勤したいのだが、今は彼女なりの誠意を示したい時期なのかもしれない。


部活はマネ3人のうち二人がオープンキャンパスで欠席、俺も加わってウォッチを廻す。10時に学校を出て、インターチェンジ付近の中華屋で弁当を受け取ってH名高へ。実は平日の出張は県費にかかわり、免停を喰らった俺は一年間車での出張を禁じられているのだが(土日の後援会予算での出張は可)、いろいろ荷物を運ばねばならない身ではそうもいっておられず。事故など起こそうものなら大変なことになる。いつに増して慎重に車を走らせる。

会議自体は大したこともなく終了。S田T先生が定年で実行委員メンバーを降りてから、このプロ編会議もごく当たり前の事務的な集まりになった。今日はIのコンクールの日なので早めに帰って夕食準備をしてやろうと思っていたのだが、会議終わり間際に学校から電話、不登校のN山の母が転学願の用紙を受け取りに来校するという。担任は都合で早退するらしく、俺が戻って対応せねば。やれやれ。



途中アピタの千円カットで手早く散髪を済ませ、慎重に通勤路を走って再び学校へ。まあ不登校生徒がそのまま引き籠りになってしまうことを思えば、きちんと方針転換を決断できたことは喜ばしい。そう母親に伝え、書類を渡す。一緒に対応してくれた教頭・教務課長と共にいろいろ励ますが、母親は終始浮かぬ顔。

改めて帰宅し、夕食はオムライス作りに着手。炊飯器に米と一緒に刻んだ玉ねぎやニンジン・ひき肉・カットトマトを入れて炊き、ソース用にビーフシチュー(具は肉と玉ねぎ・マッシュルームだけ)を作り、裏返してご飯に乗せたオムレツの上からシチューをかける。ちょっとご飯が柔らかめになってしまったが、綺麗に仕上がって満足。

仕上がる頃に母子帰宅。Iはちょっとミスしてしまい銅賞だったとのこと。それよりもA子と話をしたのか、まっすぐに俺のところに来て「このままで終わるのは悔しいから、受賞者コンサート出られるようにまたピアノがんばるよ」と宣言する。本人が決めたことに異論はないが、また修羅の日々が続くことになるのかと心中複雑だ。