親父のベッドで目覚める。布団でゴロゴロしていたいが、俺より早起きのお袋がこの部屋を食事&テレビの場所としているため、俺に気を遣っていつまでも入って来れないのでは申し訳ない。早々に退散し、洗濯~日記付け。A子は熱は下がったようだが体はまだ辛そうだ。それでも今日の発表会には行くと言うので、もう俺から何か言うのは止めておこう。
朝食はドリアを温めて子供たちに寝室で食べさせ、俺たちはチキンライスの残りを食卓で。暖かい汁物をと思いモヤシとベーコンのスープを作るが、隠し味的に入れたコチュジャンが思いのほか効いてピリ辛味になってしまい(それは俺的には成功なのだが)、子供たちにはあまり受けず。食後はA子がマスクをつけて三人の今日の発表会のおさらい。彼女のピアノに対する職業的使命は分かるが、俺がインフルにかかった時の子どもたちにうつさせないように神経を尖らせた振る舞いを思うにつけ、自分勝手とかダブルスタンダードとかいう語句が頭に浮かんでしまう。
12時に俺の運転で出発。昨日の話では「自分の役割を終えたらすぐに戻るから」という話だったので、車の中で待機しているつもりだったのだが、12時半から準備に入って13時に始まり、16時の終わりまでいるという。それならいったん帰るよというと何故かまた不満そうになり「プログラム渡してなかったっけ?」と、そんなことも頭に入れてないのか的扱いを受ける。俺のことを専属のマネージャーか運転手くらいにしか思っていないのだろうか。自分が発熱で寝込んだ時にされた冷たい仕打ちが嫌だったので、彼女には努めて優しく接してきたつもりだったが、かなり癇に障りその後は無言で過ごす。
車を走らせても彼女がいつも使う道と違うようで「なんでこっちに曲がるの?どこへ行くか分かっている?」とかなり高圧的な物言いが続く。結局俺の選んだ道の方が、H俣の街中を通らずにショートカットできるので完全に近道なのだが、それと気づいた後は何の言及もなくガン無視。具合が悪いから気持ちが安定しないのだろうと肯定的に受け止めてはいるが、正直こちらも気分悪いわ。現地について足台を運んでやり、その後子どもたちとロビーでしばらく待つが、奴はそのまま準備に入ったようで「お疲れ」も「ありがとう」もない。子どもたちに頑張れと声掛けをして戻る。
買い物をして戻り、布団を上げたり洗濯物を取り込んだり。テレビを見ていたら(過去の天才たちがその後どんな転落人生を送ったか、的な悪趣味バラエティ。琴別府が脳梗塞を患ってラーメン屋店主として頑張っていた)すぐに時間が経ち、再度月見の里ホールへ。片づけを切り上げて今度は母子でロビーで待っていた様子。結局主催者の義母はまだ片付け中ということで挨拶できなかった。顔を合わせたらきっぱりA子の参加を断らなかった点をちょっと突こうかと思っていたのだが…。
帰って「お腹すいた~」と訴える子どもたちのために即夕食作り。そりゃ昼抜きだから当然だ。A子は戻ってまた寝つく(その布団も敷き直してやる)。「悪いけどお茶入れてくれる?」これはいい、しかし続いて「子供たちもお茶好きだから多めに注いでおくといいよ」の指示にカチンときてしまうのは俺が狭量だからだろうなあ。結局は指示通りに従うのだが。夕食は豚肉と白菜・ほうれん草の豆乳鍋、菜花の炊き込みご飯。例によって子どもたちは寝室で、俺とA子はDKで食事。ストレスもあって、久々に夕食でご飯を食べてしまう。炊き立てを食べるのは久しぶりで超うまい。一杯に留めておく理性は何とか働いた。
昨日のケーキの残りを子どもたちに取り分けてやり、洗い物をあらかた済ませてもまだ20時だ。いつもはまだまだ食事準備すら整っていない時間。子どもたちは嬉しがって録画分の関ジャムやクロニクルを見終えた後、A子旧友に送ってもらった昔の関ジャニビデオを見始めた。時折咳き込むのが気がかりだが、歯磨きを忘れずやることを約束させて俺は階下へ。俺がこうやって一方的につづっているが、今日はA子もストレス高だったのではないか。夫婦は合わせ鏡というし、彼女同様俺も負のオーラを発していたのだろう。子供がいなかったらもう少し素直にいたわり合えていたのだろうか。それともとっとと分かれる算段に入っていたか?
朝食はドリアを温めて子供たちに寝室で食べさせ、俺たちはチキンライスの残りを食卓で。暖かい汁物をと思いモヤシとベーコンのスープを作るが、隠し味的に入れたコチュジャンが思いのほか効いてピリ辛味になってしまい(それは俺的には成功なのだが)、子供たちにはあまり受けず。食後はA子がマスクをつけて三人の今日の発表会のおさらい。彼女のピアノに対する職業的使命は分かるが、俺がインフルにかかった時の子どもたちにうつさせないように神経を尖らせた振る舞いを思うにつけ、自分勝手とかダブルスタンダードとかいう語句が頭に浮かんでしまう。
12時に俺の運転で出発。昨日の話では「自分の役割を終えたらすぐに戻るから」という話だったので、車の中で待機しているつもりだったのだが、12時半から準備に入って13時に始まり、16時の終わりまでいるという。それならいったん帰るよというと何故かまた不満そうになり「プログラム渡してなかったっけ?」と、そんなことも頭に入れてないのか的扱いを受ける。俺のことを専属のマネージャーか運転手くらいにしか思っていないのだろうか。自分が発熱で寝込んだ時にされた冷たい仕打ちが嫌だったので、彼女には努めて優しく接してきたつもりだったが、かなり癇に障りその後は無言で過ごす。
車を走らせても彼女がいつも使う道と違うようで「なんでこっちに曲がるの?どこへ行くか分かっている?」とかなり高圧的な物言いが続く。結局俺の選んだ道の方が、H俣の街中を通らずにショートカットできるので完全に近道なのだが、それと気づいた後は何の言及もなくガン無視。具合が悪いから気持ちが安定しないのだろうと肯定的に受け止めてはいるが、正直こちらも気分悪いわ。現地について足台を運んでやり、その後子どもたちとロビーでしばらく待つが、奴はそのまま準備に入ったようで「お疲れ」も「ありがとう」もない。子どもたちに頑張れと声掛けをして戻る。
買い物をして戻り、布団を上げたり洗濯物を取り込んだり。テレビを見ていたら(過去の天才たちがその後どんな転落人生を送ったか、的な悪趣味バラエティ。琴別府が脳梗塞を患ってラーメン屋店主として頑張っていた)すぐに時間が経ち、再度月見の里ホールへ。片づけを切り上げて今度は母子でロビーで待っていた様子。結局主催者の義母はまだ片付け中ということで挨拶できなかった。顔を合わせたらきっぱりA子の参加を断らなかった点をちょっと突こうかと思っていたのだが…。
帰って「お腹すいた~」と訴える子どもたちのために即夕食作り。そりゃ昼抜きだから当然だ。A子は戻ってまた寝つく(その布団も敷き直してやる)。「悪いけどお茶入れてくれる?」これはいい、しかし続いて「子供たちもお茶好きだから多めに注いでおくといいよ」の指示にカチンときてしまうのは俺が狭量だからだろうなあ。結局は指示通りに従うのだが。夕食は豚肉と白菜・ほうれん草の豆乳鍋、菜花の炊き込みご飯。例によって子どもたちは寝室で、俺とA子はDKで食事。ストレスもあって、久々に夕食でご飯を食べてしまう。炊き立てを食べるのは久しぶりで超うまい。一杯に留めておく理性は何とか働いた。
昨日のケーキの残りを子どもたちに取り分けてやり、洗い物をあらかた済ませてもまだ20時だ。いつもはまだまだ食事準備すら整っていない時間。子どもたちは嬉しがって録画分の関ジャムやクロニクルを見終えた後、A子旧友に送ってもらった昔の関ジャニビデオを見始めた。時折咳き込むのが気がかりだが、歯磨きを忘れずやることを約束させて俺は階下へ。俺がこうやって一方的につづっているが、今日はA子もストレス高だったのではないか。夫婦は合わせ鏡というし、彼女同様俺も負のオーラを発していたのだろう。子供がいなかったらもう少し素直にいたわり合えていたのだろうか。それともとっとと分かれる算段に入っていたか?