洗濯機だけ廻して朝5時40分に出発。途中コンビニでおにぎり3つの朝食。6時45分の集合と伝えてあったのだが、6時半に着くと既に体育館は開いていて、待ち構えていた選手たちはどんどん入場している最中。うちの部員たちも到着していて、俺が来るのを待ち構えていた様子。幸いステージ前にシートを広げることができたが、毛布の量が足りず寒そう。
役員の仕事は今年も記録。じゃんけんで勝ち、午前中は仕事がなくなったので駐車場に戻り車中ビデオを見て過ごす。「英雄の選択」の西南戦争、「オイコノミア」の欠乏の経済学、「球辞苑」の初球。日中は天気が良くなり、それほどの寒さではなくなったのが何より。
記録の仕事は25mや50mの種目では格段に忙しくなる。おまけに高齢者や幼児の部ではちょくちょく大会新が生まれるので、そのチェックと原稿書きも加わるのでてんてこ舞い。100,200種目になってやっと落ち着く。支給されたお弁当を結局食べてしまう。平日5日かけて減らした体重を、週末の二日で元に戻してしまう繰り返しだ。
最後のリレーで、この数年間宿題だった大会新記録(第2回のI農だから、30年弱ぶりの更新)を達成。F井高との一騎打ちで、最後のほぼ同時タッチゴールの判定は0.01秒差。しかしアンカーのO村は結果を聞いてもあまり嬉しくなさそう。聞くと自分の目には相手の方が早くタッチしたと見えたのだと。まあ手動計時だからその辺の曖昧さは残るが、記録を残せたのも事実だ。
荷物を積み込み、賞状を渡して解散。これでやっとしばらくは部活から解放される。F市実家に寄って、頼まれていた精米。ただ精米所が17時までだったはずで、到着したのが17時10分。幸い入り口が開いていたので使わせてもらうが、すぐか管理人が来てすぐ横で待つ事態に。しきりと「すみませんね」を繰り返し、何とか実家とうちの分併せて40キロを精米させてもらった。
家に帰り、恐る恐る体重計に乗ると68.7キロと大台は回避できたが、これで夕食を摂るとどうなるか。夕食はピザ、俺は茹でブロッコリーをメインに控えめにいただく。先週の関ジャムを見る。ゲス極の川谷とピアニスト清川が、映像を見て即興で曲を作ってくれる。天才の頭の中を見れた気がして、改めて創造者の凄さを思い知らされる。