やっと寝坊できる日曜。しかし今朝は地域の美化活動、班長として準備しなければならない。予告状を回覧するのを忘れていて、昨日指摘されA子が慌てて電話で連絡を流した。結果、ほぼ全員参加でスムーズに終えることができた。8月の実施は既に部活も休みにしてあるし、より準備万端で臨めることだろう。朝食はA子が用意してくれたピザトースト2枚。ゆっくり食べ、洗濯物を干し、のんびり部活へ向かう。

美化活動があったので練習開始を12時としておいて正解。今日も肌寒く、水温も低そう。おまけにメニューは先週頭からWさんが立ててくれるので、気楽に練習に向かえる。…と思っていたのだが…。

体操を終えてWさんがメニューボードの前に集合させ、内容を説明して挨拶、そのままアップへ。あれ?俺の挨拶は?すぐ隣にいたのにまるで無視されたかのように練習に入る。その後も個々のサイクル決めに少し相談を受けたものの、ほぼWさん一人で指示し、激励し、練習を進める。俺は所在なくプールサイドを掃除する程度。もちろんウォッチ廻しや個別の声かけもしたが、全体的に「見ているだけ」の印象は否めない。

これまで水泳部顧問として20年以上、ほぼ一人で練習を見、部を運営してきた。副顧問は名前だけか遠征時の車出し、または去年のようにお金の管理だけお任せして、部員と接する活動はずっと独りで背負って来、その為に散々悩みストレスも抱えてきた。この春やっと指導できる副顧問を得、二人で練習を見ることの快適さを痛感していた。しかし今回初めて自分が完全にサブに廻り、主顧問としての立ち位置を失ったことに気付かされると、何とも言えない寂寥感に包まれる。つくづく勝手な感情だ。

練習を終え、最後の挨拶もこれまでは俺が話を終えた後にWさんが付けたしで喋っていたのが主客逆転、氏が滔々と熱く語った後に(次に○さん、という振りもなく)間が空いたので挨拶で〆られる前に何とか俺も話をする。しかし如何にも取ってつけたよう、なくても構わない位置づけ。居心地の悪さを引きずったまま練習終了。名目上はまだ俺が主顧問なのだが、何だか完全に正副交代を感じさせられた一日となった。教員人生の大きな部分を占めてきた何かが、今日で終わった。大げさかもしれないが、実際そう強く感じたのだ。

これまで自分は本当の指導者じゃない、その適性もないなどと卑下してきたのだ。むしろ重責から離れて喜ぶべきなのだ。実際部員たちもより厳しく充実した練習になったことを歓迎しているのが見てとれる。もはや俺が補佐に徹すべきなのだ。

家に帰り、夕食はハンバーグとポテトフライ。ワインをいただく。家庭は平和で、子供たちも懐いてくれる。仕事は安定していてストレスもない。絵にかいたような幸せを得ているのだ。ただ、今の部を俺の手から明け渡す前にもう少し、自分で育てたという実感を得たかったなあ。