毎日余裕なく追い立てられるようにその時その時をこなしている。引退して悠々自適な生活になる日を夢見ているが、それはつまり人生の終末期で、自分の社会における役割がなくなったことを意味しているのだろう。忙しく、余裕なく、追い立てられるように過ごしていることが、すなわち生きているということか。泳ぐのをやめたら死ぬマグロのようだね。朝は味噌汁の残り、茹でソーセージ+スナップエンドウ、納豆、じゅーしぃご飯。

文化祭準備は何とか方向性が決まってきた様子。面談も順調に予定をこなしているが、思っていたより四大進学への志望が少なくて戸惑う。そりゃ専門なら楽に決められるだろうが、後になって「やっぱり大学へ」とならなければいいのだが。とりあえず三者面談まではAO出願を我慢するように伝える。何とか部活を見に行くことができ、熱心な泳ぎっぷりを見て満足。今日は26度と高めなこともあるが、途中で上がる者も少なく頑張っている。

上がっている者も手分けしてプール廻りの清掃を熱心に行っており、少なくとも周囲のゴミや落ち葉は殆どなくなった。問題は水槽内の砂だが、これはクリーナーを廻すためには選手を出さねばならず、練習のない時間帯にやるしかない。とりあえず今日は逆洗を丁寧に行う。部員たちの前向きな姿勢が少しずつ育っているようで、練習を見ていて気分いい。こういう気持ちになれるのも久しぶりだ。

帰宅するともう20時近いのに、まだピアノ練習中。つまりは俺が帰ってからでないと夕食準備はできないということか。「そこに置いてあるから」と出してあるレトルトのハンバーグ、付け合わせの野菜を盛りつける。A子も済まなそうにしているのが伝わってくるので責めないが、これでは21時に寝かせるのは不可能だ。そのうち逆転して、俺が先に寝ついてから子供たちがベッドに向かうということになりかねない。なかなか寝ようとしない祈に、客間で絵本3冊読んでやる。「はしれ!かもつたちのぎょうれつ」、「きいろいのはちょうちょ」(これ傑作)、「おつきさまこんばんは」。怒らず辛抱強く接しているせいか、最近はずいぶん俺に懐いてきた。