ついに離任式の日を迎えた。天気も晴れ、厳粛な気持ちで出発したいのだが、祈が熱っぽくて機嫌が悪くぐずぐず言い通しで、それに付き合わされているA子の機嫌も悪い。幸い離任者の集合は9:30までにと遅いので、家事を丁寧にこなしてA子の労をねぎらう。キャベツと人参の味噌汁、納豆、ホウレン草とひき肉・舞茸を炒めて味噌で煮込む辛くない麻婆豆腐。我ながらご飯に合うと満足。8時を過ぎてやっと起き出す母子、俺がいつもと違うスーツに着替えているのを見てYが「パパどこ行くの?」と聞く。「お別れの挨拶をしに行くんだよ」と答えると、「えー、先生辞めちゃうの?」と心配する。いやいや、しかし辞めるわけでもなく単なる転勤なのに、改めて考えると学校の世界は教員本位で大げさなことだ。
離任者として壇上に上がるのは校長を除いて15名。一人2分で話しても出入り交代を含めると30分を越えてしまう。教頭がしきりと「ごく簡単に済ませましょう」と訴え、多くが「そうそう、全然考えてないし」とテスト前の学生のような変な余裕の見せ合いをしている。しかしいざ式典が始まると、提唱者の教頭だけは宣言通り短かったが、後は皆思いの丈をぶつけるかのようにマイクに延々向かい続ける。気持ちは分かるが、付き合わされる生徒は苦痛だったのではないか。実際体調不良で退席する生徒も何人かいたようだ。俺の挨拶は以下の通り。今読み返したら1分40秒だった。出入り含めて2分といったところか。
「10年間お世話になりました。授業でも扱った哲学の話をします。古代ギリシャのプラトンは『理想こそが真実だ』と言い、弟子にあたるアリストテレスは『今そこにある、見たまんまが真実だ』と言いました。現代の科学第一主義の世の中はアリストテレスの哲学に基づく実証主義によって成り立っているので、『理想が真実』という説は単なるご都合主義に捉えられがちです。しかし例えば、バラは種でも芽吹いた状態でもなく、きれいに花を咲かせて初めてバラと認識されます。蝶も卵や芋虫・蛹の段階でも生物学的には蝶なのでしょうが、我々は羽化した姿を見てしか蝶と識別できません。世の中のいろんなものは、今ある見たまんまでなく、その本領を充分に発揮して初めて本当の姿になったと言えるものがたくさんあるのです。あなた達高校生は今は皆一人残らずつぼみであり、芋虫です。中にはかっこいいつぼみやいけてる芋虫もいるようですが、真実の姿を会得しているわけではありません。これから先、ぜひ理想を高く強く掲げて、それに向かって進み、プラトンの真実を得てください。私も今年50歳になりますが、まだまだ理想に近づきたいと変化を求めていくつもりです。残念ながらこれで転勤となってしまいましたが、今度再会する時はお互い真実の姿に近づいた形になっていたいものですね。その時までお元気で、さようなら」
4年前の卒業生が挨拶に来てくれたり、クラスの子たちから色紙や花束をもらったり、生徒に人気のない俺でもこうして別れを惜しんでくれるのがありがたい。進路課長のKS先生や授業で教えただけの大人しい生徒などが「先生の話が一番良かったよ」と言ってくれたのが嬉しい。また授業集団の選択世界史B普通クラスの受講生28名が、わざわざ寄せ書きパネルを作って手渡してくれたのに感激する。A教務課長が「普通授業集団からお別れプレゼントもらうなんてないよなあ」なんて感心された。ただ、名前をローマ字で表記した中の「J」が「し」になっていたというあまちゃん的落ちには笑ってしまったが。
いろいろ受け取ったプレゼントを抱えて帰宅、今日はA子が上二人を連れてピアノコンクールの受賞者コンサートに行っているので、お袋に預けられていた祈を引き取って相手をする。母子帰ってきてそのまますぐに、今度は祈も連れてM乃先生ピアノへ。これだけ忙しければ不機嫌にもなるだろうな…。俺はそれを見送った後、今度は送別会へ行く準備。昼の式典よりは楽な、しかしチノパン&ジャケットにネクタイを締めた恰好で、中心駅へ向かう。送られる側のはずなのに、今回もバス乗車確認係だ。幹事のN尾氏が笑いのために配役してくれた結果だろう。
送別会では予想通り俺については「○○先生の10年間」と思いっきりいじられ、N尾氏自らプレゼンターとして渡してくれたものは、缶ビールひとケース。重いっつーの!最後の挨拶で、しばらく封印していた職員紹介替え歌をいくつか披露する。その後二次会へ連れていかれ、0時過ぎまで延々話し込む。途中A子から「…大丈夫?」と安否を問う(にしては冷ややかな)電話があったが、無事タクシーで帰宅することができた。乗り合わせたのは昔からの仲間S田国語女子と、そしてさんざん俺をネタにしてきたN尾氏。乗り込んでしばらくしてポツリと「…寂しくなりますね…」と言ってくれたのがお互いの本音だろう。俺の居場所を作ってくれたことに心から感謝している。家に着いたのは1時過ぎ、そっと風呂に入り、何とか2時前には布団に入ることができた。