今朝のバイキングは最終日とあってホテル側も手抜きをしたのか、ハム・ソーセージ類など定番のおかずとフルーツが並ぶのみで、白ご飯に合うおかずが味噌汁のほか本当に何もない。漬物も佃煮もないので、仕方なくサラダとマリネを取ったほかはアオサの味噌汁を二杯お代りしてご飯のおかずとする。高級感満載のホテルにしてはわびしい朝食だ。もちろん一般ステイの客にはそれなりにリッチな内容なのだろうが。朝食時間を4集団にずらして混雑を緩和させるが、それでも列が長くのびてしまう。また生徒も自分の番が来るとゆっくりゆっくり選び、食事ものんびりと摂っているのでテーブルがなかなか空かないこともある。「済んだらどんどん席を立ちなさい」と声をかけて廻ると、すんなり立ち上がって出て行くところが素直だし、幼い。
我々のクラスを含め3クラスだけ先に到着する便で帰るので、研修時間は午前中のみと短い。尤も後着組も数時間ほど長く沖縄にいられるだけの違いで、到着空港が遠いので学校帰着が夜中になることを思えば、子供たちが起きているうちに帰れるこちらの集団で助かったという思い。生徒たちは少しでも長く沖縄にとどまっていたいのだろうが、大人しいうちの面々は表立って不満の声も上げず素直に従っている。さてわずかな時間のクラス研修は、うちは「道の駅かでな」で米空軍の基地を見学。初日の首里城で琉球王朝の歴史を、二日目のクラス研修で平和学習および自然と文化を、三日目の班研修でそれぞれの実体験を、そして最後に現在の沖縄の抱える社会問題を、それぞれ学び触れるという俺なりに考えたメニューだ。本当は普天間基地の一望できる嘉数高台公園にも寄りたかったのだが、時間がないというガイドさんの判断で断念。
残念ながら土曜日は訓練も休みで本格的な戦闘機の離発着は行われておらず、たまに輸送機が飛び立つ程度で周辺は静かなもの。もっと轟音とどろく中をこの地域の人たちが生活しているんだという現実をリアルに体験してほしかったが仕方ない。国際通りに向かう車中で、ガイドさんに普天間の問題と辺野古移設の問題について語ってもらったら、これが良かった。彼女自身宜野湾市の出身で、ヘリ墜落地も実家のすぐ近くだったという。沖縄の普通の人たちがどんな感覚で米軍と隣り合わせに暮らしているか、オスプレイという軍用機がどんな点で危険なのか、活字で知る以上によく分かった。このガイドさんは昨日の水族館からホテルへ帰る道中では「10回クイズ」や血液型診断などで大いに盛り上げ、生徒たちを楽しませてくれていたが、今日は真面目に熱く説いて奴らを引き込んでいる。
前半2日間のガイドさんは申し訳ないがアナウンサーが原稿を読むような説明ぶりで味気なく、生徒たちも反応しづらかったが、昨日からの彼女は「これぞプロ」という働きぶりだった。バス中のゲーム各種はできるだけ覚えておいて俺も使いたい。バスは県庁前で生徒たちを降ろし、1時間程度の最後の自由時間を国際通りで過ごす。副担のU山先生・団長のI川教頭と土産物を物色したあと、スターバックスまがいの喫茶店でのんびり談笑。今回は最後まで天気に恵まれ、俺としては自分の行きたいところに行けて100%に近い満足度だった。普天間とオスプレイの実物が見れなかったことだけが心残りか。あと、せっかく美ら海水族館の17時餌やり時間に居合わせたのに、また順路を逆行してジンベイザメの前まで行くのが億劫でやり過ごしてしまったこと。でも今たいがいの映像はユーチューブで見れるからなあ。
県庁前で再集合、さすが我がクラスは一番最初に全員揃い(解散時「バスは長く停まっていられないんだから時間厳守で集合すること。分かったか?」と投げかけ「ハイ!」と揃って返事をしていた光景に、ガイドさんちょっと引いていた)一足先に空港へ向かう。ターミナルでガイドさん・運転手さんと一緒に記念写真。いよいよ沖縄ともさらばだ。今度は地元の地方空港着なので飛行機が小さく左右3列ずつのシート。やはり揺れも大きいが、事前に注意しておいた効果もあって行きほど悲鳴や歓声は上がらない。ただ着陸時にH尾がデジカメ撮影をしていて「電子機器の利用はご遠慮ください」とCAにたしなめられていたのが恥ずかしかった。
空港に無事着いて降機待ちの間にセーターを着込み寒さ対策を整える。が、心配していたほどこちらも気温は低くないようだ。学校近くの体育館駐車場に戻る車中、後部座席を陣取り続けたうちの元気男子達が口々に「学校戻りたくねえなあ」「もう高校生活の楽しみ無くなっちゃったよ」とあけすけにぼやいているのが可笑しい。受験に前向きなはずの特進クラスでこれでは、先が思いやられるが。バスも順調に進み、予定時刻より15分近く早く17時ちょうどに到着。解散し、学校に戻るとこちらはテスト最終日のためもう職員はほとんどおらず、ちょうど副校長が玄関戸締りに出てきたところだった。簡単な報告をし、帰途につく…としたいところだが、明日の部活のためスイミング施設の鍵を取りにサ○シンに向かわねばならない。疲れて注意力散漫になってしまった体に活を入れて車を走らせる。
A子に到着メールを送ると、「Y・Wがお帰りプレゼントを作っているようだから、何時に着きそうかまた連絡してね」との返事。俺が送ってから2分と経たないうちに来る返信の速さに、帰宅を待ち望んでいる様子がうかがえて(と言っても愛情というよりは子供相手を引き受けてほしいという願いだろうが)早く戻らねばと気が焦る。鍵を受け取って道を戻り、家に着いたのが18時半ごろか。飛び出し抱きついてくる三人を純に抱き上げる。大かたの荷物は宅急便で送ってしまったので手元にないが、今日の国際通りで「ぷっちょグミ」の詰め合わせを買っておいて良かった。一人ずつ手渡して喜ばれる。夕食はピザと焼き鶏、ビールを買っておいてくれてありがたい。食後に手作りのアップルパイも出てくる歓待ぶりだ。
聞くとA子は朝4時に起きて洗濯・朝食準備・弁当用意から驚くことにY・Wのマラソン練習にまで付き合っていたというから驚かされる。この4日間、日常を維持しようとテンパって努力することがA子の得意な「非日常的ハレ」の演出につながっていったのだろうか。ともかく疲れただろう、デジカメ写真を見せながら旅の話をゆっくり語りたいのだが、祈が脇から「ねえちょっと聞いて」と割り込んできてなかなか話が進まないのが残念だ。しかしともかく愛する家族と再会できて、幸せをしみじみ噛みしめる。
我々のクラスを含め3クラスだけ先に到着する便で帰るので、研修時間は午前中のみと短い。尤も後着組も数時間ほど長く沖縄にいられるだけの違いで、到着空港が遠いので学校帰着が夜中になることを思えば、子供たちが起きているうちに帰れるこちらの集団で助かったという思い。生徒たちは少しでも長く沖縄にとどまっていたいのだろうが、大人しいうちの面々は表立って不満の声も上げず素直に従っている。さてわずかな時間のクラス研修は、うちは「道の駅かでな」で米空軍の基地を見学。初日の首里城で琉球王朝の歴史を、二日目のクラス研修で平和学習および自然と文化を、三日目の班研修でそれぞれの実体験を、そして最後に現在の沖縄の抱える社会問題を、それぞれ学び触れるという俺なりに考えたメニューだ。本当は普天間基地の一望できる嘉数高台公園にも寄りたかったのだが、時間がないというガイドさんの判断で断念。
残念ながら土曜日は訓練も休みで本格的な戦闘機の離発着は行われておらず、たまに輸送機が飛び立つ程度で周辺は静かなもの。もっと轟音とどろく中をこの地域の人たちが生活しているんだという現実をリアルに体験してほしかったが仕方ない。国際通りに向かう車中で、ガイドさんに普天間の問題と辺野古移設の問題について語ってもらったら、これが良かった。彼女自身宜野湾市の出身で、ヘリ墜落地も実家のすぐ近くだったという。沖縄の普通の人たちがどんな感覚で米軍と隣り合わせに暮らしているか、オスプレイという軍用機がどんな点で危険なのか、活字で知る以上によく分かった。このガイドさんは昨日の水族館からホテルへ帰る道中では「10回クイズ」や血液型診断などで大いに盛り上げ、生徒たちを楽しませてくれていたが、今日は真面目に熱く説いて奴らを引き込んでいる。
前半2日間のガイドさんは申し訳ないがアナウンサーが原稿を読むような説明ぶりで味気なく、生徒たちも反応しづらかったが、昨日からの彼女は「これぞプロ」という働きぶりだった。バス中のゲーム各種はできるだけ覚えておいて俺も使いたい。バスは県庁前で生徒たちを降ろし、1時間程度の最後の自由時間を国際通りで過ごす。副担のU山先生・団長のI川教頭と土産物を物色したあと、スターバックスまがいの喫茶店でのんびり談笑。今回は最後まで天気に恵まれ、俺としては自分の行きたいところに行けて100%に近い満足度だった。普天間とオスプレイの実物が見れなかったことだけが心残りか。あと、せっかく美ら海水族館の17時餌やり時間に居合わせたのに、また順路を逆行してジンベイザメの前まで行くのが億劫でやり過ごしてしまったこと。でも今たいがいの映像はユーチューブで見れるからなあ。
県庁前で再集合、さすが我がクラスは一番最初に全員揃い(解散時「バスは長く停まっていられないんだから時間厳守で集合すること。分かったか?」と投げかけ「ハイ!」と揃って返事をしていた光景に、ガイドさんちょっと引いていた)一足先に空港へ向かう。ターミナルでガイドさん・運転手さんと一緒に記念写真。いよいよ沖縄ともさらばだ。今度は地元の地方空港着なので飛行機が小さく左右3列ずつのシート。やはり揺れも大きいが、事前に注意しておいた効果もあって行きほど悲鳴や歓声は上がらない。ただ着陸時にH尾がデジカメ撮影をしていて「電子機器の利用はご遠慮ください」とCAにたしなめられていたのが恥ずかしかった。
空港に無事着いて降機待ちの間にセーターを着込み寒さ対策を整える。が、心配していたほどこちらも気温は低くないようだ。学校近くの体育館駐車場に戻る車中、後部座席を陣取り続けたうちの元気男子達が口々に「学校戻りたくねえなあ」「もう高校生活の楽しみ無くなっちゃったよ」とあけすけにぼやいているのが可笑しい。受験に前向きなはずの特進クラスでこれでは、先が思いやられるが。バスも順調に進み、予定時刻より15分近く早く17時ちょうどに到着。解散し、学校に戻るとこちらはテスト最終日のためもう職員はほとんどおらず、ちょうど副校長が玄関戸締りに出てきたところだった。簡単な報告をし、帰途につく…としたいところだが、明日の部活のためスイミング施設の鍵を取りにサ○シンに向かわねばならない。疲れて注意力散漫になってしまった体に活を入れて車を走らせる。
A子に到着メールを送ると、「Y・Wがお帰りプレゼントを作っているようだから、何時に着きそうかまた連絡してね」との返事。俺が送ってから2分と経たないうちに来る返信の速さに、帰宅を待ち望んでいる様子がうかがえて(と言っても愛情というよりは子供相手を引き受けてほしいという願いだろうが)早く戻らねばと気が焦る。鍵を受け取って道を戻り、家に着いたのが18時半ごろか。飛び出し抱きついてくる三人を純に抱き上げる。大かたの荷物は宅急便で送ってしまったので手元にないが、今日の国際通りで「ぷっちょグミ」の詰め合わせを買っておいて良かった。一人ずつ手渡して喜ばれる。夕食はピザと焼き鶏、ビールを買っておいてくれてありがたい。食後に手作りのアップルパイも出てくる歓待ぶりだ。
聞くとA子は朝4時に起きて洗濯・朝食準備・弁当用意から驚くことにY・Wのマラソン練習にまで付き合っていたというから驚かされる。この4日間、日常を維持しようとテンパって努力することがA子の得意な「非日常的ハレ」の演出につながっていったのだろうか。ともかく疲れただろう、デジカメ写真を見せながら旅の話をゆっくり語りたいのだが、祈が脇から「ねえちょっと聞いて」と割り込んできてなかなか話が進まないのが残念だ。しかしともかく愛する家族と再会できて、幸せをしみじみ噛みしめる。