朝は目玉焼き、キャベツとエノキの味噌汁。付け合わせ野菜に茹でブロッコリー、冷やし中華のごまだれで和える。祈が相変わらず下痢、明日俺が子ども医院に連れて行く予定。今日のピアノ送迎はA子、と思ったら出勤後メールで「和子が通園途中に盛大に嘔吐し、そのまま戻った」とのこと。A子は通園班の当番なのでそのまま子供たちを引率せねばならず、ママ友にずいぶん世話になったらしい。M先生に電話して、Yの咳のこともあるしレッスンは明日に延びたとのこと。
俺は定時に帰り、来週にある親父の手術について説明を受け、同意書にサインせねばならない。家に帰ると通院やら何やらで忙しかったのだろう、室内はシッチャカメッチャカだが、母子に声だけかけてそのままお袋と病院へ向かう。説明は18時半からだと聞いていたのにやけにお袋が急かせる。どうやら親父の夕食時間に合わせ一緒に食堂で食べたかったらしい。そういうことははっきり言ってくれないと伝わらないよ。親父は既に食事を終えており、お袋作の五穀米お握りをいただく。
病院の説明はとても丁寧で分かりやすく、それだけに手術の様子がリアルに想像できて心配になる。こんな高齢で心臓すぐそばの腫瘍をどうにかするなんて、スムーズに事が運ぶのだろうか。しかし一番リスクの少ない方法と聞いてお任せするしかない。開胸するのではなく、足の付け根からカテーテルで血管を覆う管を送るらしいが、そんな遠くから微妙な位置の調整ができるのが不思議。無事を祈る。家に帰ると母子の風呂はこれからという。夕食は出来合いのもので済ませたようだ。
何とか読了した「ナミヤ雑貨店」、大変面白いがやはり時間軸が複雑で、「奇蹟」をそのまま受け入れるにしても疑問に思うところが多い。一番納得できないことは、33回忌に合わせて手紙を送ってもらい、32年前の親父さんが受け取るという設定だが、親父さんが未来からの手紙を受け取って、満足して死ぬのがそれから1年後ならば、33回忌と1年ずれてしまうじゃないかという点。こういうファンタジーはあまり理詰めに考えてはいけないと分かってはいるのだが、どうにも気になる。
俺は定時に帰り、来週にある親父の手術について説明を受け、同意書にサインせねばならない。家に帰ると通院やら何やらで忙しかったのだろう、室内はシッチャカメッチャカだが、母子に声だけかけてそのままお袋と病院へ向かう。説明は18時半からだと聞いていたのにやけにお袋が急かせる。どうやら親父の夕食時間に合わせ一緒に食堂で食べたかったらしい。そういうことははっきり言ってくれないと伝わらないよ。親父は既に食事を終えており、お袋作の五穀米お握りをいただく。
病院の説明はとても丁寧で分かりやすく、それだけに手術の様子がリアルに想像できて心配になる。こんな高齢で心臓すぐそばの腫瘍をどうにかするなんて、スムーズに事が運ぶのだろうか。しかし一番リスクの少ない方法と聞いてお任せするしかない。開胸するのではなく、足の付け根からカテーテルで血管を覆う管を送るらしいが、そんな遠くから微妙な位置の調整ができるのが不思議。無事を祈る。家に帰ると母子の風呂はこれからという。夕食は出来合いのもので済ませたようだ。
何とか読了した「ナミヤ雑貨店」、大変面白いがやはり時間軸が複雑で、「奇蹟」をそのまま受け入れるにしても疑問に思うところが多い。一番納得できないことは、33回忌に合わせて手紙を送ってもらい、32年前の親父さんが受け取るという設定だが、親父さんが未来からの手紙を受け取って、満足して死ぬのがそれから1年後ならば、33回忌と1年ずれてしまうじゃないかという点。こういうファンタジーはあまり理詰めに考えてはいけないと分かってはいるのだが、どうにも気になる。