昨夜は和子が「耳が痛い」と泣き出し、つられて祈も泣き出して、あまり寝られなかった。A子は横で添い寝しながらずっとなだめていたはずなのに、今朝は俺より早く起きて弁当準備している。こういう姿を見せられると、ピアノ練習に没頭するため家事を押し付けられても文句を言えなくなるというものだ。今朝はナスとベーコン・卵の炒め物を用意する。Yは相変わらず練習中ミスを指摘されてへそを曲げたりぐずったり。もっと楽しい気持ちで練習できないものか、とは素人考えか。

そう言えば以前に読んだ「反・音楽史」も、現在の日本で主流になっているスポ根的あるいは権威主義・教条主義的音楽指導は、バッハ・ハイドン~モーツァルト・ベートーベンを頂点に据えてドイツ作曲家至上主義を確立した、そのドイツ流の音楽教育に影響を受けている面が多いと指摘していた。本来音楽は譜面どおりに間違えず演奏することよりも、当意即妙にアレンジしてその場の雰囲気を盛り上げることにより価値を見出していた、ドイツ音楽史観が確立する前のイタリア・オペラしかり、20世紀に生まれたジャズしかり。なるほどと思わされたね。

まあしかしA子の音楽指導に異論は挟めない。餅は餅屋、夫婦の間にも専門領域を侵さない謙譲は必要なのだ。ところで今日は社教研総会の日、朝から資料準備、会場設営に追われる。年度初めに「なんでも手伝うから」と言っていた他の社会科面々も、結局人ごととして自ら動いてくれるわけではない。引き受けた俺が責任を持ってお茶の用意から看板表示まで準備し、会の進行を取り仕切る。理事会・評議委員会・研修会と計3時間半、最後の研修会が講師の長講釈に冷や冷やさせられたが、何とか無事に務めあげた。出席者は他校のみで25~6名ほどか、本校職員を入れて最後は40名近くで講義を聞くことができたので、講師のN先生も満足されたことと思う。

放課後職員室に残り、欠席校への資料や講師への礼状発送準備などに費やす。今日は自習監督の当番日でもあったため、帰宅できたのは19時半過ぎ。こんな一日でもA子は顔を合わすなり「何もできなかった」のいつものセリフ。今日はボーナス支給日でもあるし、「お疲れ」の一言くらいあってもいいのになあ。尤も3人の世話では俺以上に疲れているという状況であることも分かっている。レトルトカレーと茹でブロッコリーだけの夕食。3人を風呂に入れ、エアコンの効いた寝室に5人が布団を並べて消灯できたのが21時半。ともあれ、大役の荷は降ろせた。