和子がまた排泄失敗をするようになっている。昨夜も突然に「おしっこ出る!」と叫んで、俺がちょっと台所仕事でもたもたしているうちに「出ちゃうよ~あー漏れちゃった」と堪え切れなかった。おねしょの失敗は殆どないだけに、何故もっと早くから尿意を感じないか不思議でならない。寒くなっておしっこが溜まる頻度が増えたからか。尤も毎回のことというわけではなく、スムーズに排尿できることの方が殆どであることは、和子の名誉のために強調しておかねばならないね。

祈も朝にオムツを開けると水分がこぼれ落ちそうなほどだ。俺は毎晩必ず一度はトイレに立つようになっているが、これが二度三度と増えてくるのが老化なのだろうと感じてはいる。どうも昔に比べてトイレに立つ回数が増えているようで嫌になる。子供たちがおねしょもせず朝までぐっすり寝ていられるのが不思議なほどだが、俺だってかつてはもうちょっと膀胱の許容量が大きかったはずなのだ。朝は鍋の汁を使った雑煮、弁当に焼きジャケ。

年度内に課題を済ませねばと、この時期毎日のように研究授業が行われている。同教科の授業を幾つか見せてもらい、その質の差に改めて考えさせられた。一方は映像を駆使した「生徒に分かってもらおう」という思いに満ちた授業(しかもこれ研究授業でなく通常のもの)、方や研究授業だというのに全く工夫も情熱もなくただただぼそぼそ喋るだけの授業。俺も人のことをとやかく言えるほど工夫があるわけでないし、喋りが中心でAV機器はめったに使わないのだが、それにしてももう少しは生徒を動かし発言させ、理解の度合いを確認しながら進めているという自負はある。競争原理が働かない商品は、品質保持が個人の倫理観に任されているのだ。

定時に帰り、A子がレッスンの間に夕食準備。今晩はラーメンと焼きシシャモ。ラーメンの具は葱・もやし・舞茸を炒めた物と、海苔。肉類を排した形となったが、なかなか旨く出来たと自画自賛。子供たちはラーメンは好きだがシシャモはあまり手が伸びず。でもべたべた触ったり持って振り回したりするので、つい声が尖ってしまう。「食べ物で遊ぶな!この後とうとがそれを食べなきゃいけないんだぞ」とは、我ながらみみっちい理由の説教だ。