朝食のおかずがマンネリに感じられる。納豆や味噌汁は定番だからよいが、いつもベーコンやソーセージと野菜の炒め物で、自分で作っていて飽きてきた。今朝はジャガイモとエリンギを酒で蒸し焼き風にしてマヨネーズ味で炒めてみたが、A子が弁当のおかずにポテトサラダを作っていたことに後から気付く。幸い母子とも美味しいと喜んで食べてくれたが。もう少し子供たちの味覚や咀嚼力が広がって、干物や漬物でも受け入れられるようになると、朝食も変化を持たせられるのになあ。

今日は授業が立て込んでいる日。時間割の変更で午後2時間連続になったのに加え、放課後の補習も120分の長尺に改編されたので、ずっと喋りっぱなしとなる。でも考えてみれば自分の好きな世界史の解釈を滔々と語り、人に真剣に聞いてもらって給料がもらえるのだから、他に雑多な仕事が山ほどあるとはいっても、俺にとって恵まれた職場だ。聞いてもらうというよりは無理やり聞かせている感が強いが、それだって全く関心を呼び起こさないわけではないだろう。我ながらずいぶん喋りが上手くなったという実感はある。今日も補習の最後に「2時間お疲れ様、これで終わります」と締めくくると、生徒たちから思いのほか力強い声で「ありがとうございましたっ!」と返礼された。お互い満足感を得られたなら嬉しいことだ。

定時をかなりオーバーしたが、急いで帰ってみると母子はまだピアノレッスン中。いよいよ発表会が迫って、A子の指導はかなり熱を帯びてきた。彼女の指示するままに2階で冷凍食品を調理し、夕食準備。前にも書いたが、家事をするのはいいがメニュー決定などの主体性がないと、とたんに自分が召使い的な存在に思えてくる。鯵フライ風ソテー、朝のポテサラ、豆腐の味噌汁。食後今度は発表会時のドレスに着替えて、俺と和子に演奏を披露してくれる。上手くなったものだと感嘆するが、それ以上に唯のドレスを羨ましがる和子が気になった。

図書館で借りた酒井順子のベストセラー「負け犬の遠吠え」を遅まきながら読了。これは女性のための読み物だなあと思いつつ、心に残った1フレーズ「孤独はストレスではない」が、家事育児に追われ一人になれない自分にとってはやけに実感を伴って響いた。筆者は一人身のマイナス要素を「憐れむな」という論調で反撃しているのだが、憐れむなんてとんでもない本当にうらやましく思う。思えば俺も全然一人が苦痛でなくむしろ快適に感じられる生活を長らく送っていたなあ、と遠い目になってしまう。