和子が朝から機嫌が悪く、何をするにも泣いて嫌がりA子を手こずらせている。やはり幼稚園に行きたくないのかな。唯の時のようにはっきりと「行きたくない」と言うわけではないのだが、休みの日に元気良く起きてきて「今日幼稚園ない?」と最初に聞く姿を見ていると、この朝のぐずりはそこに原因があると思わざるを得ない。唯と二人抱っこして大きく揺すってやると、やっと笑みが見られた。

テストが終わって最初の授業に必ず返却する、と己に課していたルールも今回は守れない。2年のクラスでビデオ視聴と授業評価記入をさせてお茶を濁す。昨日は溜まった仕事の処理に追われ、家に持ち帰ることもできない状況ではやむを得ない。何だか堕落してしまったみたいで気分が悪いが、そういう完ぺき性をつい求めてしまう精神構造がストレスのもとだろう。「何を優先すべきか」を常に考えて、柔軟に選択できなければ、今の家事育児仕事鼎立期を乗り切ることはできない。

そう言えば昨日昼飯に入った「五○八○」でナンバーのWC特集号を読んで、巻頭コラムにあった「日本人がサッカーを強くできるわけがない」という文章にいたく感じ入った。曰く、外国に行って常に感じるのはどの地域でも自己主張の強さ・公共マナーやルールより己の都合を優先させる強引さだ。タクシーの奪い合い、電車の席の取り合いを見るにつけ、日本人の行儀のよさ・周囲との和を重んじて協調性を優先させる民族性を思い知る。こんな民族が世界でもっとも単純な「ボールの奪い合い」というスポーツで勝ち進めるわけがない。日本人が得意なのは野球だ。攻撃と守備に分けられ、一人ずつ平等にチャンスが与えられ、誰もその攻撃を妨げないという無数のルールが支配している空間で、日本人はその能力をいかんなく発揮できる…といった内容。日本人全員がそうかは知らないが、俺自身には当てはまる指摘だなあとつくづく納得。

今日は管理当番なので19時過ぎに帰宅。子供たちは園から帰った後かなりぐずってA子を手こずらせ、溜まらず昼寝させてしまったという。そりゃ仕方ないだろう。風呂を済ませた子どもたちと遅い夕食、今晩は海鮮丼と〆サバ。夕食をつつきながら上のコラムの話をA子にすると、彼女も大いに納得して「あなたが結婚前に『後ろに並ばれるのが気になって公衆電話も落ち着いてできない』っていうのを聞いて、苦労症だな~って感心したのを覚えている」と古い話を持ち出してきた。確かに公共マナーを気にしすぎて己を殺しすぎているのかも。してみると和子が幼稚園に行きたがらないのも、公共の場で人目を気にしすぎる俺の性格が反映しているのだろうか…。