親も一緒になって熱心に見ているせいか、唯も和子も暇さえあれば「シンケンジャーごっこしよ」と言ってくる。そう言いつつ自分たちで何か演じるというわけでなく、俺やA子にそれらしいセリフを言わせて楽しんでいるのだが。後は階下へ降りてじいじを外道衆に見立てて戦うとか。ネットで見ている続き物もあと数回で最終回になってしまう。その次は一体何にはまるのだろうか。
今日は幼稚園の父親奉仕作業。駐車場が空いているうちにと早めに行ったら、15分前でも一番乗りだった。屋根の樋掃除、グランド均し、草取りなどいろいろ班に分かれて行う中で、「一番きつくて恐縮なのですが…」と言われた側溝掃除に加わる。ドブさらいそのものは大したことなく進むが、下水管に向かう前の排水が集まる垂直の穴が厄介だ。泥を掬おうと思っても鋤簾にほんのちょっとずつしか乗っかって来ない。相方のお父さんと二人、延々2時間以上かけて泥掬いに精を出す。すっかり腰が痛くなってしまった。
帰りに酒屋でビールとポテチを買い、家でシャワーを浴びてグッと飲む。あーもう何にもしたくない。A子が作ってくれたベーコン野菜炒めをつまみに、録画した龍馬伝やNHKスペシャルを見ていたらいつの間にか寝入ってしまった。しかし和子が何かと「かあか、かあか」とぐずるので大変そうでゆっくりしていられず、起き出して子供たちを呼び、一緒にプリキュアを見る。夕食は俺は要らない、母子はインスタントラーメンで済ませる。
重松清の「流星ワゴン」を読了。チュウさんのキャラクターが魅力的、父子の愛憎も引き込まれる。著者も気にしている通り女性の存在感が薄いが、それだけテーマを絞ったということだろう。ただ、健太君の扱いについてはあれでいいのかと思う。橋本さんも成仏を願っていたのでは?それとも成仏などという既存の価値観を超えて父子の絆が強まったと解釈するべきか。世の父親はすべて感涙にむせぶかのような解説の書き方だったけど、俺はそれほどでもなかった。やはり自分の子供が娘だから、「父と息子の邂逅」譚はそれほどの共感を持ち得ないのかな。