連日で読後感想を。今回のは新しい、東野圭吾の(たぶん)最新作「カッコーの卵は誰のもの」。スラスラと一気に読めてしまった。それでも最近のミステリーは全部そうなのか、様々な謎をストーリーのあちこちに散りばめて話を引っ張っていき、最後の数ページで一気に片付けようとするせいで、どうしても説明不足なのではと不満が残ってしまう。昨日の作品に比べればずっと完成度は高いと思うのだが、目についた疑問点を上げておく。以下、ネタバレ含む。

○上条の妻が、たとえ血のつながりはなくても風美に「もしや」と全く思わないというのが不自然。だって彼女は自分の子供が何者かに連れ去られてその結末を知らないのだし、夫がそれだけ執着を見せていた娘、しかも息子の骨髄移植提供者を探している最中となれば、ひょっとしてと血縁関係を疑うのが普通ではないか。

○最後のセリフ「カッコーの雛」云々を緋田(父)が言うのはおかしいのでは。だってその比喩を聞いたのは柚木であって彼はその場にいなかったはず。「それは後から緋田と柚木の会話で説明があったんだよ」という解釈は納得できない。読者が書かれている内容以上のことを勝手に斟酌してストーリーの説明不足を補わねばならないのであれば、どんな大風呂敷を広げっぱなしで収拾をつけていない話でも許されてしまう。

○上条息子からの手紙が真実なら、緋田の妻は自殺するほど精神的に追い詰められていたというのは変にならないか。自分の本当の娘ではないという負い目は残っても、自ら犯罪に手を染めたわけではない。でも友人から預けられ、そのまま自分が育てる決心をしたまでの経緯があまりにも説明不足なので、ただ自殺が突飛な行動に感じられる。

…と、何だかイチャモン付けみたいな読書が定着してしまっているが、それだけ最近のミステリーは筋立てを複雑にしておいてきちんと最後にまとめ切れない作品が多く、自ずと「この疑問点はどうなる?ここはどう説明してくれる?」という気持ちで読み進めることが多くなるのだ。でもさすがミステリー王者東野、その他に大きな疑問は残らなかった。あえて言えば「血判」はないだろう、いかにもDNA判定に必要な材料を用意したご都合主義に感じられる。

今日も平穏無事な一日。子供たちがちょっと風邪気味、特に和子の咳がひどく、風呂上がりにもどしてしまった。尤も吐いたのはほとんど薬を飲ませる時に一緒に食べさせたアイスだけで済んだが。夕食に作ったカレイ切り身のムニエルトマトソースかけは、A子に大好評だった。子供たちは例によって眠いとぐずってあまり食べなかったのが残念だ。