客間で従姉妹のSと一緒に寝たはずの唯は、夜中になってかあかが恋しくなったらしく一人で寝室に戻ってきたと言う。尤も俺は熟睡していて気づかず、朝になってA子に教えられたわけだが。一人早めに起きて階下で日記をつけているとSが降りてくる。日の出を待って二人で子供部屋のベランダに出、初日の出に向かってご来光を浴びながら今年一年の家内安全と健康を祈念する。その後続々起きだした連中に雑煮を作ってふるまう。和子だけは昨日の大はしゃぎの疲れが取れないせいか、10時過ぎまで寝ていた。
弟夫婦は子どもを置いて二人でショッピングに出かけた。最近できたSショッピングセンターもPもどちらも元旦から大売出しをしているらしい。俺がデパート店員だった頃はどこも二日から初売りだったと記憶しているが。どんどん元日が他の日と区別しづらくなっていると感じる。子供たちにスティッチのDVDを見せると、S・Jもいて大勢の雰囲気が楽しいのか、以前つまらなそうにしていた時と違って最後まで興奮して見ていた。
子供たちはトースト、俺達は天ぷらそばの残りで昼食を済ませる。年賀状が届いたのをA子の分と仕分けしつつ見ると、印刷だけでメッセージが何も記されていないものが多い。こんなのは返事を書かなくてもいいだろう。個人的なやりとりをする必要も内容もないのなら、ただ儀礼だけで賀状をやり取りするのは無駄と言うものだ。午後になってK山寺の温泉ホテルに向けて出発。今年も姉貴一家を含めて一族が集結するのだ。仮退院とはいえお袋も参加できて良かった。お袋の車椅子は俺の車の荷台に積み込み、A子は和子を乗せて、唯はSと離れるのが嫌で泣いて駄々をこね、弟一家の車に一緒に乗せてもらう。
俺達は仲人のK先生宅へ寄って新年の挨拶を済ませて行ったため、弟一家とは別々に向かうことになったのだが、途中最短経路を取ろうとPショッピングセンターの近くを通ったら、新年初売り出しに向かう車の渋滞に巻き込まれ、30分ほど余計に時間がかかってしまった。おまけに、後ろから続いてくるはずのA子の車がやけに遅いなと思って、ホテルに到着した後で聞いたら「眠くて眠くて、事故しそうだった」と怖いことを言う。朝から準備に追い立てられ続け、和子しか乗っていない車中で話す相手もいず、西日がまともに射す道中では睡魔に襲われても不思議ではない。ともあれ無事でよかった。
姉貴一家(姉貴・旦那のMさん・姪っ子夫婦。もう一人姪のNは二日から仕事だそうで東京から帰ってこず)も到着して、風呂も済ませて宴会場で夕食。ずらり並んだご馳走に、唯の食べ残し(和子の分は頼まなかった)、親父やお袋の食べきれない分までもらって腹がはち切れそう。でも残しては勿体無いと、せっせと詰め込む。今年はお袋が車椅子なので両親と俺が洋間で、A子と娘達は弟一家と一緒の部屋でと変則的な部屋割りとなった。解散後、なかなか和子が寝付かないので手助けしてもらおうとA子が俺達の部屋に来た時には、俺は既に高いびきだったらしい。悪いことをしたなあ。
弟夫婦は子どもを置いて二人でショッピングに出かけた。最近できたSショッピングセンターもPもどちらも元旦から大売出しをしているらしい。俺がデパート店員だった頃はどこも二日から初売りだったと記憶しているが。どんどん元日が他の日と区別しづらくなっていると感じる。子供たちにスティッチのDVDを見せると、S・Jもいて大勢の雰囲気が楽しいのか、以前つまらなそうにしていた時と違って最後まで興奮して見ていた。
子供たちはトースト、俺達は天ぷらそばの残りで昼食を済ませる。年賀状が届いたのをA子の分と仕分けしつつ見ると、印刷だけでメッセージが何も記されていないものが多い。こんなのは返事を書かなくてもいいだろう。個人的なやりとりをする必要も内容もないのなら、ただ儀礼だけで賀状をやり取りするのは無駄と言うものだ。午後になってK山寺の温泉ホテルに向けて出発。今年も姉貴一家を含めて一族が集結するのだ。仮退院とはいえお袋も参加できて良かった。お袋の車椅子は俺の車の荷台に積み込み、A子は和子を乗せて、唯はSと離れるのが嫌で泣いて駄々をこね、弟一家の車に一緒に乗せてもらう。
俺達は仲人のK先生宅へ寄って新年の挨拶を済ませて行ったため、弟一家とは別々に向かうことになったのだが、途中最短経路を取ろうとPショッピングセンターの近くを通ったら、新年初売り出しに向かう車の渋滞に巻き込まれ、30分ほど余計に時間がかかってしまった。おまけに、後ろから続いてくるはずのA子の車がやけに遅いなと思って、ホテルに到着した後で聞いたら「眠くて眠くて、事故しそうだった」と怖いことを言う。朝から準備に追い立てられ続け、和子しか乗っていない車中で話す相手もいず、西日がまともに射す道中では睡魔に襲われても不思議ではない。ともあれ無事でよかった。
姉貴一家(姉貴・旦那のMさん・姪っ子夫婦。もう一人姪のNは二日から仕事だそうで東京から帰ってこず)も到着して、風呂も済ませて宴会場で夕食。ずらり並んだご馳走に、唯の食べ残し(和子の分は頼まなかった)、親父やお袋の食べきれない分までもらって腹がはち切れそう。でも残しては勿体無いと、せっせと詰め込む。今年はお袋が車椅子なので両親と俺が洋間で、A子と娘達は弟一家と一緒の部屋でと変則的な部屋割りとなった。解散後、なかなか和子が寝付かないので手助けしてもらおうとA子が俺達の部屋に来た時には、俺は既に高いびきだったらしい。悪いことをしたなあ。