朝、ハムエッグを作り昨日の味噌汁の残りとプチトマトを添えて朝食。今朝はほぼ一緒に食べることが出来た。出勤時バイバイタッチをしたがる和子だが、ご飯粒やら卵の黄身やらで手がベトベトなので、ほんの指先で「タァーッチ、じゃあ行ってきまーす」とごまかすと、「たん、たん~」と不満そうに手を伸ばす。結局しっかりタッチをして、べとつく手のまま出勤。
放課後の職員会議では最後に生徒課からの報告。こうやって客観的に説明を聞くと、本当に矯正不可能などうしようもない不良に感じられるから不思議だ。学校ではいたって素直で大人しい、ただやる気のないグータラ生徒という印象でしかなかったのだが。会議が長引いて、家庭訪問の支度をして急いで帰る。今晩はお袋が姉貴とコンサートを見に行っているので、A子ピアノの間どうしても子守をしなければいけない。おかげで予定していた2学期第1回の進学補習もレジュメを渡すだけになってしまった。
子守と言ってもレッスン生徒の妹がよく二人と一緒に遊んでくれるので助かる。しかしだからと言って小学校低学年の女の子に子守を任せて俺が不在というのはやっぱりまずい。レッスンを終えたのを見届けて家庭訪問へ。夕食はその後とする。
立派な住宅、訪れると離れへ通されたがそこも普通の一軒家といった規模だ。こんな恵まれた環境で何不自由なく育って、どうして反社会的な振る舞いにでるのか。勝手な想像は色々できるが、本人の口から語られることはない。結局学校を辞めて働きたい、友人から紹介は受けてある、と建設現場の見習いから始める予定だと言う。とりあえずどんな職場なのか体験する間は退学届は留保して、やはり学生を続けたいとなったら、本校での在学は無理だが転学できる先を検討していくことを伝える。本人は気が変わることはない、すぐに辞めたいと主張しているが、親御さんの表情は不安でいっぱいだ。今回は今後の相談に終始してしまったが、次に会うときは(おそらく最後だろうが)今回犯してしまったことに対する反省の気持ちをしっかり確認しないといけない。「どうせ辞めるつもりだった」とは言っても、今回の事で学生と言う立場を失ったことは事実であること、社会に反する事をすれば必ず何かを失い、自分の居場所が制限されていくこと、それを伝えねば。
帰るとまだ子供たちが起きている。絵本を読んで、静かになった頃起き出してうな丼の夕食。風呂に入り、堀井健一郎の「落語の世界から現代を見れば」とかいう新書を読む。現代の生き方の無理を平明に語っており、なかなかツボにはまる一作となった。おかげで寝付くのが大幅に遅れる。
放課後の職員会議では最後に生徒課からの報告。こうやって客観的に説明を聞くと、本当に矯正不可能などうしようもない不良に感じられるから不思議だ。学校ではいたって素直で大人しい、ただやる気のないグータラ生徒という印象でしかなかったのだが。会議が長引いて、家庭訪問の支度をして急いで帰る。今晩はお袋が姉貴とコンサートを見に行っているので、A子ピアノの間どうしても子守をしなければいけない。おかげで予定していた2学期第1回の進学補習もレジュメを渡すだけになってしまった。
子守と言ってもレッスン生徒の妹がよく二人と一緒に遊んでくれるので助かる。しかしだからと言って小学校低学年の女の子に子守を任せて俺が不在というのはやっぱりまずい。レッスンを終えたのを見届けて家庭訪問へ。夕食はその後とする。
立派な住宅、訪れると離れへ通されたがそこも普通の一軒家といった規模だ。こんな恵まれた環境で何不自由なく育って、どうして反社会的な振る舞いにでるのか。勝手な想像は色々できるが、本人の口から語られることはない。結局学校を辞めて働きたい、友人から紹介は受けてある、と建設現場の見習いから始める予定だと言う。とりあえずどんな職場なのか体験する間は退学届は留保して、やはり学生を続けたいとなったら、本校での在学は無理だが転学できる先を検討していくことを伝える。本人は気が変わることはない、すぐに辞めたいと主張しているが、親御さんの表情は不安でいっぱいだ。今回は今後の相談に終始してしまったが、次に会うときは(おそらく最後だろうが)今回犯してしまったことに対する反省の気持ちをしっかり確認しないといけない。「どうせ辞めるつもりだった」とは言っても、今回の事で学生と言う立場を失ったことは事実であること、社会に反する事をすれば必ず何かを失い、自分の居場所が制限されていくこと、それを伝えねば。
帰るとまだ子供たちが起きている。絵本を読んで、静かになった頃起き出してうな丼の夕食。風呂に入り、堀井健一郎の「落語の世界から現代を見れば」とかいう新書を読む。現代の生き方の無理を平明に語っており、なかなかツボにはまる一作となった。おかげで寝付くのが大幅に遅れる。