一人で思い切り朝寝を楽しもうと思ったのだが、習慣で6時前には目覚めてしまう。洗濯・風呂掃除をして、カップラーメンの朝食。そのままネットで気ままに時間をつぶす。こういう怠惰な時間が、独身の頃は無駄というより自分の可能性を(でも何のだ?)阻んでしまうような気がして、焦燥感を募らせてしまったものだけれど、今では何より貴重なリフレッシュタイムとなっている。そういえば独身の頃はやたら部活に時間を注いで、部員からも辟易されてしまったっけなあ。
昼過ぎに家を出てA子実家へ向かう。途中F市の新名所といえる○虎でこってりラーメン。この週末も太りそうだ。また、国民保険の督促状が来ていたのでコンビニで支払いを済ませてから実家でA子に報告すると、今年は扶養に入っているので払わなくてもいいものだと、以前にも説明したと言われてしまった。何にへこむって、感謝されることを期待してやったことが余計な迷惑になってしまうことだ。自分の馬鹿さ加減に腹だって帰りの車中は無口になり、また雰囲気を悪くする。
この3連休は地元の町内は秋祭りだ。スーパーで出来合いの惣菜を買って帰ろうと思ったが、寿司類はいつもに増してうんと割高、諦めてメンチカツと惣菜パンにする。家で食パンにメンチとチーズ・キャベツを挟んだ特製サンドイッチをA子が作ってくれ、俺が唯の世話をあれこれ焼いていたら「早く食べて、自信作なんだから」と言う。これって出来合いをただ・・・と思ったがぐっと飲み込み、慌てて食べて「とてもおいしいよ!」と褒めると(実際旨かった)、「そうでしょ、私の料理の腕もなかなかのもんなんだから」とおっしゃった。家庭円満のため、全肯定しておこう。
風呂に入れようかと思っていると、お囃子と太鼓の音、子供達の掛け声が聞こえてくる。慌てて飛び出して、一家4人で屋台の後をついて回る。去年までこの祭に対して不満だった、H松祭のラッパテープを流しながら行進している勘違いが今年はいなくて、純粋にお囃子の音色が楽しめる。しかし公会堂前で解散する時に、「最後に子供達で踊ろう」と言って流したのがなぜかライディーン。しかもステップだけで上半身の振りがない踊りを延々続けるので、何と言うかゾンビの群れのよう。選曲も振り付けも、是非変えてほしいものだ。お菓子をもらって帰り、風呂に入れるともう22時近く。さすがに唯も眠くて、絵本をせがむことも泣く布団でぐずっている。明日は屋台の上に登れるといいな。
昼過ぎに家を出てA子実家へ向かう。途中F市の新名所といえる○虎でこってりラーメン。この週末も太りそうだ。また、国民保険の督促状が来ていたのでコンビニで支払いを済ませてから実家でA子に報告すると、今年は扶養に入っているので払わなくてもいいものだと、以前にも説明したと言われてしまった。何にへこむって、感謝されることを期待してやったことが余計な迷惑になってしまうことだ。自分の馬鹿さ加減に腹だって帰りの車中は無口になり、また雰囲気を悪くする。
この3連休は地元の町内は秋祭りだ。スーパーで出来合いの惣菜を買って帰ろうと思ったが、寿司類はいつもに増してうんと割高、諦めてメンチカツと惣菜パンにする。家で食パンにメンチとチーズ・キャベツを挟んだ特製サンドイッチをA子が作ってくれ、俺が唯の世話をあれこれ焼いていたら「早く食べて、自信作なんだから」と言う。これって出来合いをただ・・・と思ったがぐっと飲み込み、慌てて食べて「とてもおいしいよ!」と褒めると(実際旨かった)、「そうでしょ、私の料理の腕もなかなかのもんなんだから」とおっしゃった。家庭円満のため、全肯定しておこう。
風呂に入れようかと思っていると、お囃子と太鼓の音、子供達の掛け声が聞こえてくる。慌てて飛び出して、一家4人で屋台の後をついて回る。去年までこの祭に対して不満だった、H松祭のラッパテープを流しながら行進している勘違いが今年はいなくて、純粋にお囃子の音色が楽しめる。しかし公会堂前で解散する時に、「最後に子供達で踊ろう」と言って流したのがなぜかライディーン。しかもステップだけで上半身の振りがない踊りを延々続けるので、何と言うかゾンビの群れのよう。選曲も振り付けも、是非変えてほしいものだ。お菓子をもらって帰り、風呂に入れるともう22時近く。さすがに唯も眠くて、絵本をせがむことも泣く布団でぐずっている。明日は屋台の上に登れるといいな。