残念ながら小雨模様の朝。でも今年は桜の開花が遅く、まだつぼみの状態なのでどちらにしても満開の下での入学式とはいかなかった。先月の卒業式のときは保護者がなかなか来校せず、式典直前になってバタバタと集まり始めて、あげく式典の最中に入ってくる者も多くて閉口させられた(どうも車をできるだけ出しやすい位置に停めようと、わざと後から来るらしい)けれど、さすが入学式では親もうぶな様子で、受付が始まる前から緊張した面持ちでスタンバイしている。
礼服に着替えて式場へ。呼名もそれほど緊張せず、心配していた咳も出ずに終わらせることができた。これと比べたら、2日前の職員紹介の方がなぜかずっと緊張した。教室に新入生を引き連れて、親たちが来る前に配布物・回収物・事務的連絡事項を済ませる。やがて保護者たちが説明を聞き終えて教室にやってくる頃を見計らって、クラス経営方針の演説(?)に入る。
年は離れているとはいえ、私も同じように豊かな時代に育ち高校時代を迎えた。とはいえ、20数年前と今とでは大きく違う部分もある。それは携帯電話・コンビニ・TVゲーム・インターネットなど当時は考えられなかったものが様々増えて世の中をさらに便利にしている。その便利さは、多くが個々のわがままを受け入れる方向で進んでいるのが特徴だ。どこからでも電話ができ、いつでも必要なものが買え、欲しい情報を手軽に引き寄せることができる。周囲にあわせて控えたり、待ったり、譲ったりする必要が、たとえ20数年程度とはいえ昔と比べてずいぶん減ったのではないか。
だからこそ周囲に合わせ自分のわがままを押さえ、協力し時には団結する機会というものがとても大切だ。君たちが死ぬまでずっとお客さんの立場でいられるなら、お金でわがままを買い続けるのもいいだろう。しかしいずれは社会に出てそれぞれの責任を担っていく立場になろうと思ったら、多くの他者との協調は必要不可欠だ。学校は、授業や部活も大事だが、何よりこの生きた人間関係を学ぶためにある。
幼稚園から中学まで10年近くも生徒を続けてきた君たちにとって、そんなことはやさしい事だろうか。引きこもり・パラサイト・フリーター・ニートその他、それぞれ個々には深刻な事情がある場合も多いのだろう。しかしこういった社会に適応できない・しようとしない人たちが増えているのは事実であり、小さい時からお金でわがままを買い続けてきた人たちが、協力や団結の経験を充分に積むことができないまま成人になってしまった結果である場合も多いだろう。
私は、このクラスを、この43人全員が快適に過ごせ、協力・時には団結できる集団にしたい。一人ひとりは少しずつ自分のわがままを我慢し、協調し共に何かを達成することでより大きな喜びが味わえるようになってもらいたい。よく中学と高校の違いについて、義務教育であるかないかだ、高校はいやだったらとっとと辞めろ、という説明をする人がいる。そうじゃない、高校はもうとっくに義務教育と同じになっている。君たちは何としても卒業を目指してもらいたい。簡単にあきらめず、粘り強く学校生活と取り組むことで、必ず大きな成果を得ることができる、我々この学校の教員がそれを保障する。中学と高校の違いは、このように集団で協調することを学ぶ最後の機会が高校だ、ということだ。進学するものも多いだろうが、大学でも専門学校でも個人主義は尊重され、社会に出る準備としてのルールやマナーを教えてくれる場ではない。君たちは高校生活の1日1日を、責任を担うことのできる社会人になるまでの貴重な準備期間と捉えて欲しい。
具体的には、^Щ△鬚垢襦´⊃箸世靴覆澆鮴阿┐襦´時間を守る つ鷭佇を守る ダ響櫃鮹杦に行う の5点にこだわって、君たちと関わっていきたい。この教室では「そんなの自分の勝手」「誰にも迷惑をかけていない」の言葉は受け付けない。自分勝手を抑え、迷惑をかけないのでなく進んで協力するために、ここにいるのだと、強く認識してください。
・・・と、なにやら大説教となってしまったが、親子共々まずまずの受け止め方をしてくれたようだ。まあ1年ぶりの担任、4年ぶりの新入生受け持ちだ。余り肩に力をいれず、ゆっくり進めていこう。
礼服に着替えて式場へ。呼名もそれほど緊張せず、心配していた咳も出ずに終わらせることができた。これと比べたら、2日前の職員紹介の方がなぜかずっと緊張した。教室に新入生を引き連れて、親たちが来る前に配布物・回収物・事務的連絡事項を済ませる。やがて保護者たちが説明を聞き終えて教室にやってくる頃を見計らって、クラス経営方針の演説(?)に入る。
年は離れているとはいえ、私も同じように豊かな時代に育ち高校時代を迎えた。とはいえ、20数年前と今とでは大きく違う部分もある。それは携帯電話・コンビニ・TVゲーム・インターネットなど当時は考えられなかったものが様々増えて世の中をさらに便利にしている。その便利さは、多くが個々のわがままを受け入れる方向で進んでいるのが特徴だ。どこからでも電話ができ、いつでも必要なものが買え、欲しい情報を手軽に引き寄せることができる。周囲にあわせて控えたり、待ったり、譲ったりする必要が、たとえ20数年程度とはいえ昔と比べてずいぶん減ったのではないか。
だからこそ周囲に合わせ自分のわがままを押さえ、協力し時には団結する機会というものがとても大切だ。君たちが死ぬまでずっとお客さんの立場でいられるなら、お金でわがままを買い続けるのもいいだろう。しかしいずれは社会に出てそれぞれの責任を担っていく立場になろうと思ったら、多くの他者との協調は必要不可欠だ。学校は、授業や部活も大事だが、何よりこの生きた人間関係を学ぶためにある。
幼稚園から中学まで10年近くも生徒を続けてきた君たちにとって、そんなことはやさしい事だろうか。引きこもり・パラサイト・フリーター・ニートその他、それぞれ個々には深刻な事情がある場合も多いのだろう。しかしこういった社会に適応できない・しようとしない人たちが増えているのは事実であり、小さい時からお金でわがままを買い続けてきた人たちが、協力や団結の経験を充分に積むことができないまま成人になってしまった結果である場合も多いだろう。
私は、このクラスを、この43人全員が快適に過ごせ、協力・時には団結できる集団にしたい。一人ひとりは少しずつ自分のわがままを我慢し、協調し共に何かを達成することでより大きな喜びが味わえるようになってもらいたい。よく中学と高校の違いについて、義務教育であるかないかだ、高校はいやだったらとっとと辞めろ、という説明をする人がいる。そうじゃない、高校はもうとっくに義務教育と同じになっている。君たちは何としても卒業を目指してもらいたい。簡単にあきらめず、粘り強く学校生活と取り組むことで、必ず大きな成果を得ることができる、我々この学校の教員がそれを保障する。中学と高校の違いは、このように集団で協調することを学ぶ最後の機会が高校だ、ということだ。進学するものも多いだろうが、大学でも専門学校でも個人主義は尊重され、社会に出る準備としてのルールやマナーを教えてくれる場ではない。君たちは高校生活の1日1日を、責任を担うことのできる社会人になるまでの貴重な準備期間と捉えて欲しい。
具体的には、^Щ△鬚垢襦´⊃箸世靴覆澆鮴阿┐襦´時間を守る つ鷭佇を守る ダ響櫃鮹杦に行う の5点にこだわって、君たちと関わっていきたい。この教室では「そんなの自分の勝手」「誰にも迷惑をかけていない」の言葉は受け付けない。自分勝手を抑え、迷惑をかけないのでなく進んで協力するために、ここにいるのだと、強く認識してください。
・・・と、なにやら大説教となってしまったが、親子共々まずまずの受け止め方をしてくれたようだ。まあ1年ぶりの担任、4年ぶりの新入生受け持ちだ。余り肩に力をいれず、ゆっくり進めていこう。