妻のA子が破水で緊急入院したのが7日(から日付が変わって8日)の深夜1時、そのまま陣痛待ちとなる。しかしその日は何事も無く経過、もう少し待って起きなければ陣痛促進剤を打つとI医師に言われる。できれば自然な形で分娩に持っていければ…と思っていた9日の21時前ごろからついに痛みが襲ってきたようだ。
この産院は21時を過ぎると面会者は特別な場合を除いて帰宅せねばならず、いったん帰ったら何があっても翌日の13時までは再訪できないという決まりがある。実際、本格的な陣痛とは思えなかったので「今日は帰って、明日午後から年休を取って出産に立ち会っても充分間に合うだろう」と思っていた。しかし部屋のTVで「試してガッテン」(にんじん特集だった)を見ながらA子が「どうしよう…不安だから泊まってくれる?」と聞いてきたので内心(えー、丸一日陣痛に付き合うことになったら厄介だな)と思いながらも了解し今晩の徹夜を決意した。それが大正解だった。
実際22時過ぎの検診でも看護婦さんが「まだまだ痛みが弱いようですね。明日の朝になっても状態に変化が無ければ促進剤を打ちます」と言っていたので、こりゃー長丁場になるな、幸い明日は入試の採点日なので休んでも大勢に影響は無いだろう、こうなりゃとことん付き合おう、と覚悟を決めていた。しかし23時、24時と夜がふけるにつれ痛みはどんどん増していくようで、初めはA子の背中をさすったり押したりして介抱していたのが、24時過ぎくらいから股間をグーで押し込むようにして陣痛のピークをやり過ごすようになった。
1時を回ったくらいから「もうだめ、死にそう」と大げさなことを真顔で言うようになり、2時近くなって悲鳴のようなうめきになってきた。看護婦さんと助産婦さんがやって来て介助しながら呼吸法を伝授し、産まれそうだと判断して分娩室に入ったのが2時10分ごろ。部屋でドキドキ待っている間は結構長く感じたが、看護婦さんに「おめでとうございます、女の子ですよ」と言われたのが2時半過ぎなので、平均以上にすんなりと安産だったということだろう。正確には10日2時29分、誕生となる。
その後結構待たされて、3時過ぎに待望の赤ちゃんと対面できた。2350gと聞かされてやや小さいかな?と思ったけど、落ち着いた表情で眠っている姿は可愛いだけでなく正直言って何か神々しさを感じた。ぐったりと横たわった姿で運ばれてきたA子に「ありがとう、お疲れ様」と言って追い帰されるように病室を後にした。4時過ぎ家に帰っても興奮してなかなか寝付けず。ハレルヤ!と叫びたい気分。
この産院は21時を過ぎると面会者は特別な場合を除いて帰宅せねばならず、いったん帰ったら何があっても翌日の13時までは再訪できないという決まりがある。実際、本格的な陣痛とは思えなかったので「今日は帰って、明日午後から年休を取って出産に立ち会っても充分間に合うだろう」と思っていた。しかし部屋のTVで「試してガッテン」(にんじん特集だった)を見ながらA子が「どうしよう…不安だから泊まってくれる?」と聞いてきたので内心(えー、丸一日陣痛に付き合うことになったら厄介だな)と思いながらも了解し今晩の徹夜を決意した。それが大正解だった。
実際22時過ぎの検診でも看護婦さんが「まだまだ痛みが弱いようですね。明日の朝になっても状態に変化が無ければ促進剤を打ちます」と言っていたので、こりゃー長丁場になるな、幸い明日は入試の採点日なので休んでも大勢に影響は無いだろう、こうなりゃとことん付き合おう、と覚悟を決めていた。しかし23時、24時と夜がふけるにつれ痛みはどんどん増していくようで、初めはA子の背中をさすったり押したりして介抱していたのが、24時過ぎくらいから股間をグーで押し込むようにして陣痛のピークをやり過ごすようになった。
1時を回ったくらいから「もうだめ、死にそう」と大げさなことを真顔で言うようになり、2時近くなって悲鳴のようなうめきになってきた。看護婦さんと助産婦さんがやって来て介助しながら呼吸法を伝授し、産まれそうだと判断して分娩室に入ったのが2時10分ごろ。部屋でドキドキ待っている間は結構長く感じたが、看護婦さんに「おめでとうございます、女の子ですよ」と言われたのが2時半過ぎなので、平均以上にすんなりと安産だったということだろう。正確には10日2時29分、誕生となる。
その後結構待たされて、3時過ぎに待望の赤ちゃんと対面できた。2350gと聞かされてやや小さいかな?と思ったけど、落ち着いた表情で眠っている姿は可愛いだけでなく正直言って何か神々しさを感じた。ぐったりと横たわった姿で運ばれてきたA子に「ありがとう、お疲れ様」と言って追い帰されるように病室を後にした。4時過ぎ家に帰っても興奮してなかなか寝付けず。ハレルヤ!と叫びたい気分。