晩夏とは言え、しきりに鳴く蝉の声を聞きながら

お父様の海、麗水(ヨス)を思います。


貴重な大会が行われた場所でもあり、お父様が精誠を込められる場所でした。

大会の前には必ず釣に出られ、長い時間を海で過ごされました。

大切な決断をされる時も海に出て、釣をされると聞きました。


そんなヨスも閉鎖されると聞いて驚きました。

お父様の足跡も、砂浜に波が押し寄せる様に消えていく気がします。


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そんなヨスが、私にとっては「苦痛のヨス」であった時期があります。

日本婦人40修の時期です。そのプッシュが凄まじいものでした。

日本婦人全員が、必ず行かなければならない、と日本婦人会から指示が出ました。

それからは、毎日「いつ行くのか」聞かれました。

「行けるように祈祷しています」と言われ、負担も感じました。

「行かなければ、サタンの鎖から解放されない」と言ってました。

行った人は、サタンの鎖から解放されたのでしょうか?


その様な中で、ある姉妹がヨスに行きました。

子供三人がまだ小さかったのですが、近くに住んでいる食口が

食事の面倒をみると約束して、決意したのでした。


二週間位した時だったでしょうか、悲報が入りました。

一番下の五歳の子供が亡くなりました。

夜遅い時間にお父さんも外室中でした。上の子二人も小学生なので、

寝ている時間でしたし、非常事態であることにも気づかなかったと思います。



「公的に生きれば子供は守られる」とか、

「み旨を優先すれば子供は守られる」等と言う事がありますが、

私は、具体的に愛し守らなければ、誰も守ってはくれないと思います。

勿論、24時間傍で見守る事は出来ません。

しかし、親としての5%を尽くした上で、「神様守ってください」と言えるのではありませんか。

私はみ旨をしていますから、後は神様全部よろしく、とはならないと思います。


この姉妹は、途中でヨスから帰って来ました。

聖和式を済ませ、一ヶ月した頃でしょうか、ある姉妹が

「ヨスに行ってない人は、行かないとダメよ~」

と子供を亡くした姉妹のいる所で言うので、心が咎めました。

ところが、その姉妹が

「私も、最後までやっていないから、また行きたい。」と言うのを聞いて

愕然としました。


お父様の麗しい海、麗水。もうすぐ夏も終わります。



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