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僕の好きな記事を紹介

ペタしてね日経ビジネスonline
去年一年の間ずっと追っていた記事をふたつ。
大抵、昼休みに読み耽るのが日課だ。


この国のゆくえ
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20090105/181856/

しあわせのものさし
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20091021/207693/

なかでもお勧めの記事を引用。
お笑い芸人のわっきーを思い出してほしい。
(直接関係はまったくないが)

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http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20091118/210052/?ST=print
↑写真があるのでこっちでみるのがお勧め。

シアワセのものさし

日経ビジネス オンライントップ>政治・社会>シアワセのものさし
「来てくれ」では誰も振り向かない。その前に、地方にはやることがある

今年、金賞をとった「観光ポスター」に込められた意味

2009年11月20日 金曜日 篠原 匡
梅原真  デザイン  沖縄県国頭村  ヤンバルクイナ  ヤンバルテナガコガネ  オリイオコウモリ  コシダ  リュウキュウオハグロトンボ  キノボリトカゲ 

 「ぽん酢しょうゆ ゆずの村」や「藁焼き鰹たたき」「島じゃ常識 さざえカレー」など、数多くの地域ブランドに関わってきた梅原真。彼が関わったプロジェクトが成功する理由の1つに、パッケージやコピーに色濃く反映されている「土地の遺伝子」の存在があった。商品が放つ土地の遺伝子。これがトリガーになることで、消費者のコミュニケーションスイッチがパチンと切り替わり、実際のアクションに移るのだろう。

 もっとも、梅原デザインに埋め込まれたトリガーはほかにもある。それは地域のアイデンティティ。梅原が描くデザインにはその地域のアイデンティティや目指すべき方向が濃厚に漂っている。今回は沖縄県国頭村の「やんばる ふんばる 国頭村」をケースに梅原のデザインを見ていく。

(日経ビジネス オンライン、篠原匡)

梅原デザインのあしあと
 沖縄本島の北の端、辺戸岬を通り過ぎると、海の色が突然変わる。国道58号線沿いの東シナ海はエメラルドグリーンの輝き。それが、辺戸岬を右に回って県道70号線を走ると、海の色は白波が立つ群青色に染まる。リゾートの風が吹き抜ける東シナ海と荒々しい太平洋。沖縄の海は辺戸岬を境に2つの顔を持つ。

 沖縄県国頭村――。東経128度、北緯26度に位置する沖縄本島の最北端の村である。この村の大部分は奥深い山原(やんばる)の森に覆われている。その多くはブナ科の常緑広葉樹であるイタジイ(スダジイ)。ブロッコリーのようにこんもりとした濃緑の森、地元ではブロッコリーの森とも呼ばれている。


天気が良ければ、辺戸岬から与論島が望める
 このやんばるの森は多様な動植物の宝庫である。ヤンバルクイナやノグチゲラ、ヤンバルテナガコガネなど国指定天然記念物に指定されている生き物はこの森で暮らしている(ノグチゲラは国指定特別天然記念物)。このような固有種が今なお生息しているのは世界でも希少な亜熱帯降雨林、やんばるの天然林があるからにほかならない。

 国頭村を訪ねた10月。暦の上では秋だというのに、ブロッコリーの森ではオオシマゼミの鳴き声が響き渡っていた。ブランコを軋ませたような「キシキシ」という独特の鳴き声は12月頃まで続くという。亜熱帯の楽園、国頭村ならではの風景である。


やんばるの森はイタジイの木に覆われている
見る者の心を奪う6連ポスター

 今年5月、この国頭村の観光ポスターが日本観光ポスターコンクールで金賞を受賞した。「やんばる ふんばる 国頭村」。ヤンバルクイナ、ヤンバルテナガコガネ、キノボリトカゲ、オリイオコウモリ、リュウキュウオハグロトンボ、コシダなどヤンバルの森に生息する動植物の写真に、「やんばる ふんばる 国頭村」というコピーが描いた6枚組のポスターである。

 何かに耐えるように岩にしがみついているヤンバルテナガガネ、草むらに無造作にたたずむヤンバルクイナ、四肢に力を込めるキノボリトカゲの姿が何とも印象的。しかも、「ふんばる」の左半分がなぜか裁ち切りになっている。6枚組で並んでいると、不思議な迫力に目が止まることは必至。まさしく、コミュニケーションのスイッチが切り替わるポスターである。だからこそ、金賞に選ばれたのだろう。

 このポスターを作ったのは高知県在住のデザイナー、梅原真である。数々の地域ブランドを世に送り出した凄腕のグラフィックデザイナーだ。

 見る者の心を奪う「やんばる ふんばる 国頭村」。このポスターのコミュニケーションスイッチはどこにあったのだろうか。突き詰めると、それは国頭村のアイデンティティ。この村の自我と目指すべき方向が濃厚に漂っているからこそ、人々の心に刺さったに違いない。それでは、国頭村のアイデンティティとはどういうことか。以下、具体的に見ていこう。







「やんばる ふんばる 国頭村」
日本観光ポスターコンクールで金賞を受賞した。上から、「ヤンバルテナガコガネ」「ヤンバルクイナ」「キノボリトカゲ」「コシダ」「オリイオオコウモリ」「リュキュウハグロトンボ」(梅原デザイン事務所提供)

 梅原が国頭村にポスター制作の依頼を受けたのは2008年10月のこと。それ以来、3カ月後の今年1月まで3回にわたって国頭村を訪れている。その過程で梅原は国頭村の置かれている状況を知った。そして、あのポスターを作り上げた。

 1回目の訪問になった昨年10月、梅原はポスターの題材を探すため、国頭村のあちこちを回った。

「ブロッコリーの森」が動物たちの最後の砦


辺戸岬の下は断崖絶壁
 村の大部分を占めるやんばるの森、本島で最大の落差を誇る比地大滝、北端の辺戸岬、そのすぐそばにある茅打バンタ(断崖のこと)、国頭村が環境学習拠点として作ったやんばる学びの森、沖縄で最古の歴史を持つ共同売店(住民が共同出資で設立した商店)、おじいの民宿、おばあの食堂――。国頭村の自然やミクロの人々を通して、村の生活や風土、文化が表現できるのではないか、と考えたためだ。

 「このまま、国頭村の人々や風土でいくか」

 そう思っていた時、ある文献に出会った。それは、『やんばるの森 輝く沖縄の生き物たち』(日本野鳥の会やんばる支部)。著者は国頭村在住の写真家、久高将和。ヤンバルの森や動植物を撮影している写真家である。

 『やんばるの森 輝く沖縄の生き物たち』はヤンバルクイナやノグチゲラ、ヤンバルテナガコガネなど、やんばるの森に生きる動植物の写真集だった。絶滅の危機に直面しつつも、やんばるの森でかろうじて生息している希少な動植物。その様子が美しい写真とともに描かれていた。

 「これやな」

 膝を打った梅原は写真集の写真でダミー版を作成。写真の使用許可を得るために、久高の元に訪れた。もっとも、久高の許可が得られるか、梅原は半信半疑だった。地元のネイチャーフォトグラファーである久高。自分の主義主張にあわなければいくら大金を詰まれても写真を提供することはない。それに、役場に厳しい意見を言うことで有名な存在だった。


本当にボリュームたっぷりの波止場食堂
 確かに、久高は役場の職員と顔を合わすたびに、苦言を呈している。この10月、梅原が久高の元を訪ねた時も、

 「あれだけ多くの公共工事を取ったにもかかわらず、国頭村の建設会社はいくつもつぶれている。基幹作業として最も優遇していた森林組合も今日、明日に倒産してもおかしくない」

 「これまで国頭村は林道整備や土地改良などの公共事業を実施してきたが、希少な森を破壊するだけで住民のために何一つなってこなかったんじゃないのか」

 「役場が悪い方向を狙ってやってきたのではないことはわかっている。ただ、結果としてどの事業もうまくいかなかった。これまでにしてきたことを総括し、検証しなければ、次につながらないだろう」

 などと、同席した職員に痛烈な批判を展開していた。


住民が共同出資して作った共同売店

国頭村にもリゾートホテルは存在する
「やんばる ふんばる」に込めた意図

 このように開発を優先する村とやんばるの森の保護を訴える久高の関係は必ずしも良好とは言えない。今回のポスター制作は表向きでは役場の依頼。しかも、写真に文字を被せることは見方によっては失礼に当たる。久高がどう受け取るか、梅原には不安だった。

 「まあ、ダメならそれでしゃあないな」

 腹をくくって久高のところに行くと、意外なほどあっさり承諾を得られた。ポスターに秘めた梅原の意図に、久高が気づいたからだろう。その後、ポスターを完成させた梅原は今年1月、村長の宮城馨など役場関係者を前にプレゼンテーションを開いた。そこで、梅原はポスターに秘めた意図を語った。

 その意図とは次のようなものだった。

 かつてはやんばる以南でもノグチゲラやヤンバルテナガコガネなどの希少生物は見られたが、森林伐採などによって、国頭村を中心としたやんばるの森に追いやられた。それでも、やんばるの森を最後の砦に生き物たちは踏ん張っている。その様子を久高の写真と「やんばる ふんばる 国頭村」のコピーで表している。

 さらに、「この状況は国頭村も変わらない」と梅原は言った。

「田舎者」の象徴だった「ヤンバラー」

 沖縄県の製造品出荷額は高知県より1つ上の46番目。国頭村はその沖縄の中でも貧しい地域である。事実、「山原(やんばる)」とは沖縄では蔑みの言葉。那覇や名護の人間が「ヤンバラー」と言えば、それは「田舎者」という意味だった。

 こと「経済」というモノサシで眺めれば、国頭村は日本の中の落ちこぼれと言っても過言ではない。グローバル化が極限まで進んだ今日、やんばるの森に生きる動植物と国頭村は何も変わることがない。国頭村もまた沖縄の最北端で踏ん張っている。

 もっとも、北に追いやられた動植物がこのまま踏ん張り続けることはできるのか。最後に残されたやんばるの森を国頭村は守ることができるのか。沖縄県や国頭村の現状を見ると心許ない。その不安と皮肉を込めて「ふんばる」の左半分を落とした。

 梅原はこう解説した。


ヤンバルクイナの事故が増加している

やんばるの森の内部

 ほかの地域のように、エメラルドグリーンのリゾートを作り、林道を通すことが国頭村の目指すべき方向なのか。過去、営々と続けてきたように、やんばるの自然と共生し、やんばるの森とともに生きるべきではないのか。国頭村の存立基盤はやんばるの森にしかないのではないか――。そうした思いを、梅原はポスターに込めたのだ。

 このポスターを見ると、「国頭村が野生の動植物の宝庫である」ということがストレートに伝わる。久高の写真でなければ、ここまで印象的な作品にはならなかっただろう。その印象と同時に、このポスターは「やんばるの動植物との共生」という国頭村が目指すべき方向をも示唆している。それが伝わるからこそ、このポスターは人々の心を打つのだろう。

森林ツアーで壊れた自然

 「国頭村と生き物が置かれた状況を見事に表してくれた。やんばるの自然を正しく残して生かせれば地域の宝になる、というメッセージも込められている。とてもタイムリーなポスターだった」


山川安雄は久高とともにNPO国頭ツーリズム協会を作った
 NPO国頭ツーリズム協会の代表理事、山川安雄は振り返る。国頭村で生まれ育った山川は12年前、商工会議所青年部の部長としてやんばるの森林ツアーを実施した。「ブロッコリーの森に客を呼ぼう」と考えたためだ。だが、結果は最悪だった。

 1年目に40人、2年目に30人、3年目には30人と多くの観光客が訪れた。だが、観光客を森林に入れたところ、自生していたエビネが大打撃を受け、ウラジロカシというカシの木の根が弱り始めた。ヤンバルの森が脆く、壊れやすいということを山川は痛感した。

 その後、久高とともに2002年に国頭村ツーリズム協会を設立。2004年にNPOに転換した。それまで森林や海などの自然環境は人々の生活によって崩壊する一方だった。だが、自然環境を持続的に保全し、地域住民の生活の安定を図るためには、やんばるの森に負荷を与えることなく活用していかなければならない。そのための担い手の育成や新たな収益モデル作りが設立の目的だった。

 それ以降、NPO国頭ツーリズム協会は亜熱帯ジャングルカヌーや森林散策などのツアープログラムを提供する一方、地域資源を理解し、地域作りに主体的に参画できる人材の育成、資源の保全と活用のための調査研究、環境教育や環境学習の指導など、ヤンバルの自然と共生した観光のあり方を模索してきた。


ポスターの写真を撮影した久高将和。彼しか撮影できていない生き物も少なくない
 その意味では、山川や久高は梅原がポスターに込めた理念を体現している存在だ。もっとも、山川や久高のような声がマジョリティとは必ずしも言えない。

 「このポスターが意味していることを村の人たちがどれだけ気づいているのか、はなはだ疑問。この意味を明確にし、村に伝えていかなければ作った意味はない」

 久高は手厳しい。山川も続ける。

 「『やんばる ふんばる』というメッセージを村がどういかしていくか。ポスターは作ったけれど、それが内省的な動きになっていない。もう一度、このポスターが生まれた過程を振り返る必要があるのではないか」

 「やんばる ふんばる 国頭村」で示した国頭村のアイデンティティ。どう活かすかは残された住民の課題である。

外に向けたベクトルを内に向けよ

 当の梅原はどう考えているのだろうか。

 「今の観光ポスターは『来てちょうだい~』『来てちょうだい~』というモノばかりろう。けんど、自分のスタンスを表明する方が相手は認識してくれるんと違うンか」

 高知県馬路村のヒット商品、「ぽん酢しょうゆ ゆずの村」。第1話で触れたように、「ゆずの村」というラベルを1986年に書いたとき、馬路村農協の東谷望史(現理事長)は失望の色を隠さなかった。あえて村を強調した「ゆずの村」。村ではなく町を目指していた東谷には「なぜ村なのか」という想いが強く残った。

 だが、その後、東谷を旗振り役に馬路村は「村」そのものを売り出す戦略に転換。今では村おこしの成功例として全国に知られる存在になった。あの時に梅原が提示した「ゆずの村」は馬路村のアイデンティティそのもの。ゆずの村として生きるという馬路村の覚悟が消費者に伝わったということだろう。

 これは国頭村や馬路村に限った話ではない。自分たちが何者なのか、それを表明しなければ消費者は関心を振り向けない。もちろん、その地域の考え方に賛同しなければ、素通りで終わる。だが、見た人の共感を呼べば、間違いなく関心を向ける。つまり、コミュニケーションスイッチがオンになる。

 だが、多くの地方は逆のベクトルを向いている。自分たちが何者なのか。どういう考え方を持っているのか。自分たちが寄って立つものは何か――。それを表明せずに「来てください」といったところで、これだけ情報が溢れた世の中である。消費者のアンテナに引っかかる可能性は少ないだろう。

 外に向けているベクトルを内に向けて自分たちのアイデンティティを改めて問い直すべき――。梅原が国頭村や馬路村で示しているのはこのこと。裏を返せば、自分たちの足元を見つめ直し、アイデンティティを表明することしか、地域の未来はないのではないだろうか。

 この梅原の言う「アイデンティティの表明」は地方や地域に限った話ではない。企業経営、ひいては国家運営にもつながる話である。次回、梅原が魂を込めた「四万十ドラマ」を通して、アイデンティティの表明を詳しく見る。なぜ梅原が関わると企業が育つのか。その一端がわかるだろう。

(To be Continued・・・)

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この記事を読んで興奮する僕は
ちょっとおかしいかもしれないが
それぞれちょっと考えてほしい。

生まれた場所がすきかどうか?

故郷はこれで有名!といえるかどうか。

僕は、言える。
北海道の網走市は僕の出身だが
大好きです。今年の年末も
雪と家族のみに帰りたかった。

有名なのは刑務所と流氷だ。

大抵は言えてないんじゃないか。

それが当たり前だ。

僕は変だ。

道州制が話題になって久しい。

そんなことをして、地方はそれだけ力があるのだろうか?

道州制に基本は賛成だ。

大前研一さんや江口克彦さんがくわしい著書を残しています。

また、あんま信用ならないがウィキペディアもやけに詳しく書いてます。

-日本の道州制論議 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%81%93%E5%B7%9E%E5%88%B6%E8%AB%96%E8%AD%B0

興味があるな~。。


僕みたいな若者が

個性だ、アイデンティティだと叫んで

中身がともなわないのと

同じように

僕は市町村の多くは

大事なコアを

見つけてはいないと

考えています。
(あくまでも一個人の考えで所属団体等とはまったく関係ありません。)



若者には

時間と自らを

変える力がある

というのに。

嘆かわしい。

自ら反省と、もがくばかりである。


きっと両者に共通する出口に向かう手段は

この両足でしっかり立って

自らを理解するのが

もっとも確実な解なんじゃないのかな~。


っと深夜に何かいてるんだか。

ねよ。