《セーヌの開会式・雑感》
フランス革命の11年前に初めてパリを訪れた22歳のモーツァルトは、当地の人々の冷遇と同行した母の急死に打ちひしがれながらも、あの抜けるように明るい交響曲第31番「パリ」(K.297)を作曲したそうです。
”if 、もしも ?”・・・。モーツァルトがパリで、昨夜の4時間にも亘るテレビのための野外フェスに遭遇していたら、あのお茶ら気者のモーツァルトのこと、果たしてどんな”五輪(オッタマゲ)”た曲を作ったことでしょうか? 私は、多分、最期に残した『レクイエム』(K.626)の「ラクリモーサ(涙の日)」よりも、もっともっと深い絶望と再生への祈りを、テレビ時代の人類に向けて描き残したに違いないと思います。
“Amen!”
