おばあちゃんと1年。 | ゆるっとマイペース

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ゆるっと生きるが合言葉だったはずの社畜もどきが、日々感じることを書く場所。
開店休業状態。
たまにふらっと現れます。

本日はもうひとつお話を。
じつは、私、うつ病になって、離婚を経験しています。
そして、祖母を看取ったこともあります。



おばあちゃんとは、私がうつになって半年で離婚したあたりから、おばあちゃんの家で二人暮らしをしていました。
二人暮らしをし始めた理由は、おばあちゃんがずっと暮らしたお家で過ごしたいって言って一人で暮らしてたお家に帰って来たから。
実家で気まずい思いをして過ごしていた私は、ガンを患っているおばあちゃんが一人暮らしとかありえんでしょ(°Д°)と思い、そして、実家に居たくないという思いもあり、おばあちゃんちへ居候しに行きました。
経緯はどうあれ、
うつになった私と
ガンになったおばあちゃん
二人三脚でおばあちゃんが亡くなるまで過ごしました。
末期の症状が出始めて入院してからは、毎日のように病院へ通い、病室でも笑って過ごしていました。
おばあちゃんが亡くなってもうすぐ1年です。1年前のことを思い出すと今でも心の奥がぎゅっと捕まれるみたいに痛いです。モヤモヤザワザワしています。
涙が出ます。

私にとって、大きな出来事だったことは変わらないようです。
今でも、心が揺さぶられる。


人の死と向き合うというのは、
悲しい思いでと
笑顔や楽しさの思いでを
交互に思いだし、
心のアルバムに仕舞うまでが
一連の動作なのかもしれないです。


私はたぶん、 
これからも思い出して泣くことがあると思います。
それは、悲しいとき、さみしいとき、楽しいことを思い出したとき、笑顔の写真を見たとき、色々あると思います。
でも、それすらも供養になると思って、私はお墓の前で泣こうと思います。
祖母を思って泣く時間はその時間だけです。短い濃い時間を過ごした私にとって、切っても切り離せないおばあちゃんという存在。

これからも私は思い出すことで供養とし、お墓の前で泣くことを自分自身の心の浄化として、再スタートを切るのです。


泣くことによって、亡くなった人があの世に行けないという言葉を聞いたことがあります。そして、お墓の前では笑っていたほうがいいとも。

でも、心に嘘をついて笑っても苦しいだけです。
心のままに、感じたままに、
生きるほうがいい。


おばあちゃんから学んだことです。


おばあちゃんの存在のおかげで、
うつはほぼ回復して。 
今では、薬も手放して、夜も眠れる。

おばあちゃんから学ぶ姿勢、楽しむ姿勢を学んだから、今がとても充実してる。

1年前の経験は活きている。 


私、こんなに元気になったよ!
そんな姿を見せたかった
でも、いない。
泣けてくるけど、たぶん見てる。

そんで、笑ってる。


会いたくてザワザワ、モヤモヤしてる。
心がぐちゃぐちゃ。


もうすぐ1周忌だから、
ザワザワモヤモヤ。


このザワザワも大事に。
1周忌までの日々を過ごすことにします。
こんな思いをして経験することもあまりないから。
この思いをとことん味わいます。


少し重たい話になってしまいました。
でも、やっと書けた思いです。
書かせていただけたかんじがします。
ありがとうございます(T-T)💓

このタイミングでこの思いを綴れたことすごく嬉しく思います。
本当にありがとう☺️

それでは、
本日も全ての事柄に感謝をこめて。


しーこ🐑