さてこの吉野をグルグル回ろう。

 

桜のない吉野だけど、

わりと観光客はいるね。

 

【金峰神社】

8世紀からある吉野の氏神様。

 

吉野に来たのなら、

出来ればここまで挨拶に来たいところ。

 

ただ

徒歩でここまで来るのは

かなりきつい山登りになる。

(標高630m。高尾山と同じくらい。)

 

 

左奥に追手から逃れた

源義経と弁慶が隠れていた祠がある。

 

 

【西行庵、奥千本】

金峰神社からさらに山を分け入った先。

20分以上、上り下り。

 

 

ここが吉野の最深部。

 

 

奥千本と言われるところに、西行さんが修行した西行庵がある。

さすがにここまで来ると、人がいない。

 

西行庵

 

奥千本の風景

桜はもうないね。

 

人っ子一人いない山道を歩く。

 

 

おぅ、1本だけ桜が残ってた。

これがラスト吉野千本桜。

...いや、一本桜だな。

ありがとー!

 

 

さて、金峰神社から

一気に吉野山を下っていく。

 

 

 

【花矢倉展望台】

ここから吉野千本桜を鑑賞するポイント。

今はこんな感じ。

よく見えない?

 

アップ!

中央やや右、

茶色い屋根が金峯山寺。

吉野山の峰に沿って、旅館が立ち並ぶ。

金峰神社からだいぶ下ってきたけど、

金峯山寺はまだはるか先にある。

だいぶ登ってきてたんだね。

 

 

【如意輪寺】

 

後醍醐天皇の墓。

 

墓石はない。木が植えてある。

金峰神社もご神体は無かった。

自然信仰の影響かな。

 

下の入り口に

「宮内庁管轄」の

看板があった。

 

あっ、そういうことか。

天皇の墓だよね。

 

 

宝物殿には

後醍醐天皇が読んだ短冊があり、

どんな筆跡だったのか見れる。

その他ゆかりの道具も保管されている。

 

 

南朝時代

楠木正成の息子、正行が出陣の際詠んだ、辞世の歌を鏃で刻んだ扉が宝物殿に保存されていた。

(この後の四条畷の戦いで、高師直率いる足利軍に敗れ戦死する。)

 

700年以上タイムスリップしたような、

不思議な空気感があった。

 

 

【豊太閤花見塚】

1594年、豊臣秀吉が家康や政宗など大名や公卿集5,000人を従えて花見を催した場所。

 

 

金峯山寺のある峰を真横から見る感じ。

確かに良い花見スポットだと思う。

 

 

 

【吉水神社】

南朝時代、

後醍醐天皇の書院があった。

 

南朝の本拠地。

 

 

 

 

後醍醐天皇の玉座。

北畠親房や阿野廉子もここにいて、

足利尊氏への対抗策を練ってたんだよね。

 

 

ここはかつて義経と静御前が

かくまわれた場所でもあるらしく、

義経や弁慶の遺品があった。

 

一休さんの墨蹟もあった。

なぜか

水戸光圀公や助さんの手紙もあった。

印籠は無かった。

 

 

ここも南北朝時代の面影が

色濃く残っている。

 

 

 

今回バイクだから簡単に周れたけど、

桜シーズンは車両通行禁止なんだよな。

 

足腰鍛えてから行かないと、

展望台まで登れないよ、ここ。

 

鬼だわ。

吉野。

 

にほんブログ村 グルメブログへ
にほんブログ村

 


B級グルメランキング

 

 

※次回

吉野の宿を貸し切りました。

 

 

 

※前回はこちら