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風景というか心象というか、
好きなページを開き、
ゆっくりたどって、味わうような
掌短編みたいな日記。

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空き地に

雪の
白さよ


見上げれば
はらはらと

つらなる屋根
やわらかく

素手に
折りたたみ
傘、吹かれ

わざと吐く息
アスファルト

黒く濡らして
冷えて、舞う







道路には、積もっていない。

ここ世田谷の初雪は、12月から続いていた乾燥を、湿らすように、降っている。

即興の散文が、頭んなかで雪とダンスするみたいに転がるので、歩く足は寒いけど、軽い。

2月に演るのお芝居の手紙を書き、つたない手書きをコピーにして透明な封筒に入れた。
一枚一枚に劇団の住所を書くのが面倒なので、透けたセロファンから便箋に記した僕の名前がのぞく。


演劇公演の案内は、芝居が完成するずっと前に送る。
僕といえば、この演目の造り作業まっ只中。どうなるかなんて、わからないけど、行きたい場所はわかっている。
そんな今、ご案内を送る。


余白を眺めながら
まだ見ぬ絵を思う


アキチニ
ユキノ
シロサヨ


だから、いつも、
手紙には、これからの「希望」や「願い」を込めようとする。未来に向けた、お知らせみたいなものだ。



言葉に書き
届くことを望み
稽古をする。



降る雪は
とめどなく
つづく


もうすぐ投函する。

それまで
大事に僕のカバンの中だ。
















訪問ありがとうございます。

2月公演のチラシを同封したお知らせを劇団に観にいらして頂いた一部のお客様にお送りします(一部というのはアンケートに僕の名前を書いていただいた方々です)。順次、届くと思います。
まだ印刷した手紙の残りが少しあります。ご興味のある方、ご希望の方、メッセージにご住所いただければお届けしますよ!
ご遠慮なくどうぞ。涼








◎瀧下涼☆客演情報◎

2012年2月10日~2月13日
靖ニその3「TRIPOD(トリポッド)」
作・演出 宍倉靖ニ
@高円寺 明石スタジオ


靖二HP・公演詳細
http://seijiseiji.seesaa.net/ (↑作演の宍倉靖二くんブログの役者紹介に僕のことも書いてました)


チケットのお申し込みは↓
http://ticket.corich.jp/apply/29446/003/
★簡単チケット申込みフォーム★










「明けまして、おめでとう」


という言葉が、苦手だ。



口にする瞬間モゾモゾするというか、照れくさい。
だから年が明けて会う人に、なんとなくハッキリ言葉にしないでスルッと口の中で濁らせながら、伝えてしまう。


新年の挨拶を適当に扱っているわけでも、風習を揶揄するわけでもなく
ただ、自分の中で、その言葉がしっくりとこないのだ。


しかし、そのあとに続く

「今年もよろしくお願いします」

は、とてもちゃんと言う気になれる。




そんな違和感を感じはじめたのは、いつからだろう。


ここ10年くらい年始年末、カウントダウンを含めたショーに関わっている(ま、毎年ではないけれど)
そのせいか、大みそかから元旦にかけて年越しをスタッフと過ごす。

だから、年が明けてショーが終わると、楽屋は一斉に

「明けましておめでと~う!!」


と盛り上がるのだ。


その賑わいは、僕に心地よく、新年の始まりを思うのだが、
「明けましておめでとう」を、口にするとき、何か祝うという気にはなれないのだ。


そもそも
昨日という去年から、たとえ年号が変わったとしても、

昨日と何変わらぬ、僕は僕だ。

なにを祝うのだろう。


年号だって人間が勝手に数えたものだ。
西暦はイエスさんだし、平成は昭和の次の天皇さん、ホピ歴なんてのもあったり。だいたい昔から時の権力者の治世がどれだけ保ったかを数えたものだ。


それをみんなで祝う。




ならば、


と思ってしまう。



「明けましておめでとう」と
心から言えるのは、いつなのだろうか、と。




僕が「明けてめでたい」と思うのは



やっぱり



春だ。


冷たい冬を越えて、
堅い土を割り
あおい芽が、息吹くとき。

幹に握ったこぶしを
空に向かって放つとき。


生命力を
わんさかと振るいたたせる
前触れを今か今かと
待ちわびている



その時節なら


「明けて

芽出たい」


と、祝いたくなるだろう。



そして

「この年も、よろしくお願いします」


と、季節の巡りに挨拶するだろう。



そして、あなたにも
「また、出会えて嬉しい」と


伝えるだろう。
















涼です。
訪問ありがとうございます。
ここに居ぬ間の読者登録…ありがた過ぎます。
マイペースに更新しております。
コメント、メッセージ感謝です。

そんなわけで

「今年もよろしくお願いします 」涼











◎瀧下涼☆客演情報◎

2012年2月10日~2月13日
靖ニその3「TRIPOD」
作・演出 宍倉靖ニ
@高円寺 明石スタジオ











早朝、
まだ暗いうちに目が覚めた。

自然に、というわけではなく、携帯電話の目覚ましアラームを切り忘れて、いつものように振動とぴぴぴという電子音にビックリしたのだ。

またうつらうつらして、
今日はもう少し寝られる。


ベッドのまどろみの中、2度目に鳴ったアラームのスムース機能を切った。


肩口が少し寒かった。

とりあえずひねったスイッチからモノラルで聞こえてくるラジオのピアノの伴奏が、転がるように流れている

終わりに

「来年の放送まで、よいお年を」と告げたのは覚えているが、
また
眠ってしまったらしい。


気がつくと
白いカーテンの隙間が、明るい光を部屋に落としていた。


壁に立てかけた姿見に、薄明るいベッドと半身を起こした自分がうつる。



12月の客演「警備物語」が終わってから、めまぐるしく日々が過ぎ、クリスマスはどこへやら、いつの間にか師走を駆け抜けて、大みそかだ。

一年の締めくくりに
ゆっくりした朝を迎えた。

頭の中では
昨晩、横浜で観た、第三舞台の解散公演「呼吸する惑星」の断片を振り返っている。

黒い背広姿の人々が立ち尽くしている。YMOの曲に合わせて、手の先で立方体やDNAの構造体を表現しているようだ。形式化して単純な動きはダンスというよりは、儀式に近い。非常口の駆け足のマークみたいなポーズをすればまた、手話のような手つきでパネルのようにあるいは立方体を形づくる。

80年代に起こった小劇場ブームの旗手、夢の遊眠社の野田秀樹や善人会議の横内謙介。

第三舞台はアングラ劇団にいたとき先輩たちが、語っていた伝説的な集団だった。
僕が触れたのは、鴻上尚史がだいぶ売れて、いろんなところに顔を出した頃だったので、輝かしい黎明の時代は見ていない。


だだ
その80年代後半に感じていたのは、学生劇団の集団が、どこまでも大きな舞台を作っていて、舞台演劇の可能性というか、「何かやらかしてくれる」というワクワクした期待感だった。



軽薄だけど深く、重くならないけど悩みを抱えて生きている。表層的といわれた、その劇の方法に、影響をどれほど与えたのだろう。

昨晩の劇は、その憧れを

あぶり出してヒリヒリさせた。


つかこうへい以後、小劇場ブームというくくりがあって、現在の平田オリザの推し進めた現代口語演劇の一連。

僕の周りを過ぎてゆき、
そして、そこに生きている、舞台。





偶然とれた昨日のチケット。


アングラ劇団の先輩に10年振りに劇場で会って、
「第三舞台解散公演よかったよ」と見たいと思いながら
東京の紀伊国屋の公演は逃してしまった。

知り合いの芝居
ネオゼネの大西さんと下北沢で呑んでいるとき、

「その人に横浜の追加公演とれるか、聞いてみるよ」



何かと縁というものはあるものだ。

「たっきー(僕のこと)、とれたよ!」


横浜の劇場は、KAAT(カート)という新しい小屋だ。
9月に本多劇場でうちの劇団とコラボした事務所の名前、そして12月に客演したアシュラの母体は、KART(カート)だ。
カートつながりというのも、おかしなものだ。


今年は何かと節目を感じている。

それは新たな出発にも思える。

まだ、歩ける。


ならば、進め進め。







今年一年分の出会いに、感謝しています。涼