油断大敵というが
それは本人が全く自覚のない時に、やってくる。
突然、声が出なくなった。
確かに本番三日目となると疲れなどは当然出てくるものなのだが、四日目少し喉奥に引っかかる違和感はあったものの
昼夜二回公演は、終えることができた。
翌日は千秋楽だ。
終演後、呑みなどの誘いはすべて断り、家に帰って吸入器で喉を湿らせ暖めて、事前に医者からもらっていた消炎剤など数粒を飲用し、首にはネックウォーマー、乾燥を防ぐマスクをして睡眠に専念した。
「使わずに、休む」
これが決定的な声の回復の手段だ。
ベッドに入るとすぐ眠ってしまうものだ。
朝、目覚めていつものように寝床のそばに置いたペットボトルの常温水を100ミリリットル飲む。
喉は湿り気を帯びて痛みもない、むしろ伸びやかな感じがする。
「あ」
と発音する。
カラカラと濁ってはいるが台詞に支障はない。
次に「YO、O~」と高音を伸ばしてみる。
高い音はたしかに無い。
ただ、今日は昼夕公演ということが頭によぎった。
(…二回、もつかな)
前半ジャンゴが登場したら、
貞吉と悪魔の契約のシーンは喋りっぱなしだ。
ソロ歌もある。
劇場に入る前に病院に行くのも考えたが日曜日で休館。
しかも舞台は昼の12時開演
と時間がない。
これはやるしかないのだ。
東京には台風18号が近づいていた。
庭の窓から覗く天気は曇天で
大粒の雨が時折、風にあおられていた。
まだ奥の手がある。
先週、小屋入り前に
医者にもらった禁断の薬だ。
「もしものときの、お守りです」と渡された。
抗生物質なのだが、
桜花のカタチをした白い微粒な錠剤。
飲むとなぜか僕の場合、無性に腹が減るのだ。
「デカドロン」
悪の変形ロボ軍団みたいな響きを持つ、さてもデンジャラスな妙薬だ。
朝、飲用すると昼くらいには声帯のぬくみがとれてくる魔法の薬だ。
朝ご飯のチキン入り豆乳カルボナーラとたっぷりのサラダを食べた後、その一粒を体に入れた。
そして、吸入器の蒸気を、かかさない。
着替えて、急いで家を立つ。
9時に小屋入り。これも普段に比べたらかなり早い。
みんなは早起きした体をたたき起こすためにラジカセデッキから流れる音楽に合わせて、舞台上や客席を使い、
体を動かし、汗をかき大きな声を出している。
僕は三時間後の本番に向けて、
体を温めることだけに専念した。
ここ二年続けている筋トレのサーキットを劇場は客席一番前の足元で一人で黙々と続けた。いつもしていることが安心につながる。
身体が熱を帯びれば、声というものは自然と出るものなのだ。
劇場入りして
すぐに座長で演出の四大海に楽屋で相談した。
「歌なんですけど、声を低くして歌うとか」
少し心配そうにしていたけど
「昨日ぐらいなら大丈夫だよ、うん」
とだけ言った。近くにいた舞台監督の敦さんも
「たっきー、声出てたよ」と言ってくれた。
喉に違和感はない。
体にも疲れはない。
ただ、声だけが出にくい。
舞台上で音響と照明のチェックが終わると
ジャンゴの歌のリハだ。
みんなを心配させてはいけない。
思ったよりも声はでる。
しかし弱いトーンはかすれて音の調整が難しい。
いや、腹で支えて声を張っている時は大丈夫だ。出る。
ここは努めてボリュームを押さえフルボイスではやらないようにした。
本番までとっておくのだ
昼の回はいける。
そしてマチネ。
物語が始まると台詞の声には、
問題がない。
ホッとすると同時に
ハイトーン(高音)はやや引っかかる。
そして歌い始めは、やはり突拍子もない声がでた。
後半までは、持たせたい。
なんとか昼ステージが終わった。
しかし声帯のダメージを結構感じた。
声帯とは筋肉みたいなものだ。使えば使うほど疲労していく。壊れても、けして太くはならない筋肉だ。
無性に腹が空くので幕間に、
タッパに朝詰めてきた豆乳カルボナーラを食べる。
冷めるとソースが麺に吸い付き、クラッシュした玉子豆腐が絡みついたみたいで
グロテスクだが、旨い。
残す夕方、この芝居はあと一本で終わりだ。
劇場で五日間みんなで積み上げてきた。
いや、この一ヶ月強、
稽古場から一緒に演って重ねてきた。
その千秋楽だ。
あとにも先にも一生涯この芝居はもう一回こっきりだ。
お客さんもたくさん予約してくれている。
台風の近づく雨の中をこの劇場まで来てくれているのだ。
僕はやらなくてはならないのだ。
これは宿命みたいなものなのかもしれない。
夕方ソワレ公演が始まった。
相変わらず強いトーンの台詞は出る。
あの「デカドロン」が効いているのだろう。
歌のシーンだ。
歌いだし、僕の声帯は悲鳴を上げている。
声が出ないというのは
役者にとって鳥が翼をもがれて飛んでいるようなものだ。
あとは必死に腹を絞り、
喉の奥の弦を震わせ叩き、
限られた音を響かせる。
ジャンゴよスマナイ。
お客さんには届いてほしい。
なんとも荒れ果てた、僕の声よ。
ただ
言葉だけは、伝えたかった。
どこに。
それは
僕の周り、全てだ。
この劇場みんな、全てに。
使える鍵盤(キー)も、少なくなった。
打ちのめされたボクサーみたいに
僕の声帯はあえぎ呻きながら
台詞のパンチを繰り出す。
しかし、ダウンはしない。
ラウンドの終わりは見えている。
僕は、逃げない、倒れない。
勝利は、無いのかもしれない。
いや、もともと何に勝つのだ?
決めたのは僕だ。僕には責任がある。
自分のことなんかじゃない。
ここにいる、みんなにだ。
暗転が明けて
カーテンコール。
まばゆい光に拍手が聞こえるけど、
僕は頭を上げられなかった。
ひな壇の上、やっとそれを持ちあげた。
舞台は明るく照らされていた。
出演者が次々、挨拶の礼を短くする。
僕らの番だ。段下に降り、
客席一人一人の顔をやっと見た。
みんな微笑んでいた。
精一杯、お辞儀をした。
拍手はここにきたお客様、
それからメンバーみんなへだ。
そしてメンバー全員で礼をした。
最後の暗転になっても、
拍手が暗闇を包み込み、
いつまでも心を照らしていた。
ただ、ありがとう。
痛みというより
これは、爪あとだ。
心根の柔らかいところに深く刻まれ、
これからも舞台を踏むたびに
その傷は
うっすらと、ひりひり
浮かび上がるに違いない。
そのとき僕は、
思い出さなきゃいけない
この
やさしい爪あとを。
【劇中 事故記事まとめ】
本日も訪問ありがとうございます。
昨晩の皆既月蝕きれいでしたね。
僕も見ましたよ。
「JANGOジャンゴ 夜明け前」
公演を連日満席のまま無事終了することができました。
千秋楽、体調管理の不行き届きで声の調子が悪くご心配をおかけしました。
台風の接近する雨の中、ほんとにたくさんのお客様ありがとうございました。
そして、このどぶろぐへの書き込み…観たられた方も、遠くからの応援コメントも、いつのまにかの読者登録も、声なき通りすがりのみなさんも、どれだけ今公演へのチカラになったかわかりません。
記事に載せたYouTubeでの【劇場 行き方】
も好評で嬉しい限りです。
只々、感謝です。
これからも
よろしくお願いします。 涼
【劇中 事故記事まとめ】

悪魔のジャンゴという役をやっている。
台本に書かれたものであるから、
ほかの役者が演じれば
当然、僕とは違ったジャンゴができあがるだろう。
劇団という枠組みの中で偶然、
僕に振られた役で
演っている訳だが、
それでも、もう十年くらいの付き合いになる。
それにしても劇団作品で四度も
同じ軸の人物がでるのは珍しい。
物語によほど魅力があるからだろう。
うちの劇団はよく「当て書き」といわれる。
その役者の特性の見て作家が書くのだ。
なので(規正の台本より)役作りが楽でいいよなあというイメージがあるのかもしれない(いやいや、そんなことはない)
ようするに、僕という役者に当てて書かれた役がジャンゴであるということだ。
だからかもしれない
いつでも思うのは、
このジャンゴを他の人が
やったらどうなるかなということ。
シェイクスピアの芝居なら、世界中これまで今まで何人のハムレットが生まれてきたか。
僕には自分がやった役を独占する主義はないのだけれど少しの嫉妬はあるかもしれない。
実はあのシェイクスピアも当て書きだったらしい。
ならば、彼の劇団の役者たちは、
そうとう口うるさく作家を困らさせたに違いない。
「いい本を書け」とか「俺を活躍させろ」と。
そんなことを想像する。苦笑。
だって役者とは、
哀しくも儚い
そういう生き物だから。
一番最初にやったハムレットはどんな役者だっただろう。
だが、いくら才能のある作家が役者に当てて書いたって、
役者が駄目ならイメージは膨らまないだろう。
役者が成長して、作家も成長する
その相乗効果が「当て書き」にはあるんじゃないかなとも、思う。
それが時代を越える名作になるなら、演劇というのも、その場で消えていく刹那の娯楽だけではないかもしれない。
僕はジャンゴをやるたびに、
悪魔の本質って何だろう
と考えたりする。
イメージなら
「若々しい姿で現れて、
安心させる雰囲気があるのに、
とても心がハラハラさせられる」
ゲーテのファウストならそんな感じだろうか。かなり雑だが。
悪魔の親分ルシファーは光輝く天使だったようで、悪魔という黒いイメージと反するところに、本質がありそうだ。
安心させるのが神様。
焦らせるのが悪魔。
病的なものは、邪。
健全なるものは、若々しい。
「speak of the devil」という物語における悪魔とは何だろう。
(悪魔は、人生で一番いい時の姿をしてあらわれる)
初演ジャンゴの頃、人間の魂と引き換えに願いを叶えている、その
姿勢に触れた時
ふと浮かんだ言葉。
「悪魔は、人生で一番いい時の姿をしてあらわれる」
他の人が演じたら、また違うジャンゴがあるのかもしれないけど、僕が思う最高のジャンゴは、そうだ。
(speak of the devil)
そこへ追いつくだろうか。
ジャンゴが僕のまえに現れるたびに
そう問われる。
悪魔のささやきとなって。
本日も訪問ありがとうございます。
劇場へのご来場のみなさん
ご予約も感謝です。
お待ちしておりますね。
そしてそして
メッセージや、ここへの書き込み。
ふとした過去記事へのコメント。
ほんと有り難いです。
また。涼
【ご案内】

speak of the devil
シリーズ最新作
「DJANGOジャンゴ 夜明け前」
作・演出 四大海
10月1日(水)~5日(日)
@中野 ザ・ポケット
【劇場 行き方】→◎
10月01日(水) 19:00(満員御礼)
10月02日(木) 19:30(満員御礼)
10月03日(金) 19:00
10月04日(土) ×13:00 (補助席出ます︎!)
17:00
10月05日(日) ×12:00 (補助席出ます︎!)
16:00
前売り4300
当日4500
売り切れの回も補助席出るそうです。お早めにどうぞ
中野 ザ・ポケット
【劇場 行き方】YouTubeで作りましたよー^_^ミテミテ~涼





