欲しいのは、あなただけ (新潮文庫)/新潮社

¥380
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島清恋愛文学賞を受賞した、小手毬るいさんの2004年の初期代表作です。
いまさらなぜ、この作品を読もうと思ったかと言うと、何かの雑誌のインタビューで、小手毬さんが、
「自分の書きたいテーマは、初期のこの作品に凝縮されている。
この作品のテーマを繰り返し、他の作品で描きなおしている。」
というようなことを仰っていまして。
何か物を書いている人なら、一度は聞いたことがある、
「処女作には、その作家の全てがある。」
という真理。
彼女もそれに、自覚的な作家さんなんだな~と思い、俄然興味が沸き、拝読しました。
あらすじは。
「男らしいひと」と「優しいひと」と、主人公が、いずれも混ぜ物なしの感情をぶつけきって、結局どちらともお別れする(さりげなくネタばれ・・・)という2つの恋愛を、時系列的に並べた物語です。
「男らしいひと」も「優しいひと」も、男性の弱さもずるさもひっくるめた上で、最大限の純粋な恋愛感情を、主人公にぶつけますが。
結ばれることのないバッドエンド。
結果、男女って分かり合えないというか、人と人って、すれ違って行くというか。
「恋愛感情」の純粋性から言って、お互い自分と相手の本心に真っ正面から向き合ってやるだけやったら、結果こーなるよね。という真理をついていて、非常に読み応えがあります。
そういう怒涛の恋愛感情を、小手毬さんは、自己陶酔一歩手前のクールさを持って描き切っていて、こりゃ大した作家さんだと思いました(←上からですみません)。
山本文緒さんの「恋愛中毒」の筆致と、近いものを感じました。
真似とかいうレベルではなく。
ただ、私が一点、残念だったのは。
この怒涛の物語を結ぶ、最後の一節が、急に時間を飛ばして、死んだあとの主人公の回想的な文言で〆られている所。
「・・・遠い昔に、わたしはそれを生きた。そして今も生きている。地の果てで、独りぼっちの不完全な死体として。」
この小説のスゴイ所は、完全に個人に立脚した「恋愛感情」という化け物を、豊かな感情のディティールをもってきちんと描きながらも、「人間の感情の普遍性」にまで昇華させている所かと思うわけで。
その恋愛=固有性の物語を、最後の最後、俯瞰的な、おとぎ話ちっくな締めくくりで終わらせるのは、ややテンションが落ちるというか。
ぶっちゃけ、「やっつけ仕事」に感じてしまいました・・・。
もう少し、恋愛の固有性にこだわった結末の付け方に、作家さんとして、向き合ってみて頂いても良かったのではと。
私の、かーなーり独断的かつ上から目線の感想ですが。
一般的に、女性は感情的である、人間関係に重きを置きたがる、というジェンダー的な見方がありますが。
その女性の「感情」の怖さを、ジェンダー論もぶっとぶ迫真の描写で、がっつり描き切っています。
で、そういう物語のしめくくりに、
「古来、女性とは、こんな生き物です。そして未来永劫、繰り返します。」
って事を語られてしまうと。
こんなこと何回も繰り返したくないよ~と、個人的には思ってしまいました。
その次の地平を、21世紀を生きる私たちに見せて欲しいです小手毬さん。
・・・じゃあ最新作読めよ。
って感じなんですけどもね・・・
機会がありましたら、
チェン読(一人の作家さんをチェーンが繋がるように読みこんでいくこと。@レイコの造語)
してみたい作家さんです、小手毬さん。

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島清恋愛文学賞を受賞した、小手毬るいさんの2004年の初期代表作です。
いまさらなぜ、この作品を読もうと思ったかと言うと、何かの雑誌のインタビューで、小手毬さんが、
「自分の書きたいテーマは、初期のこの作品に凝縮されている。
この作品のテーマを繰り返し、他の作品で描きなおしている。」
というようなことを仰っていまして。
何か物を書いている人なら、一度は聞いたことがある、
「処女作には、その作家の全てがある。」
という真理。
彼女もそれに、自覚的な作家さんなんだな~と思い、俄然興味が沸き、拝読しました。
あらすじは。
「男らしいひと」と「優しいひと」と、主人公が、いずれも混ぜ物なしの感情をぶつけきって、結局どちらともお別れする(さりげなくネタばれ・・・)という2つの恋愛を、時系列的に並べた物語です。
「男らしいひと」も「優しいひと」も、男性の弱さもずるさもひっくるめた上で、最大限の純粋な恋愛感情を、主人公にぶつけますが。
結ばれることのないバッドエンド。
結果、男女って分かり合えないというか、人と人って、すれ違って行くというか。
「恋愛感情」の純粋性から言って、お互い自分と相手の本心に真っ正面から向き合ってやるだけやったら、結果こーなるよね。という真理をついていて、非常に読み応えがあります。
そういう怒涛の恋愛感情を、小手毬さんは、自己陶酔一歩手前のクールさを持って描き切っていて、こりゃ大した作家さんだと思いました(←上からですみません)。
山本文緒さんの「恋愛中毒」の筆致と、近いものを感じました。
真似とかいうレベルではなく。
ただ、私が一点、残念だったのは。
この怒涛の物語を結ぶ、最後の一節が、急に時間を飛ばして、死んだあとの主人公の回想的な文言で〆られている所。
「・・・遠い昔に、わたしはそれを生きた。そして今も生きている。地の果てで、独りぼっちの不完全な死体として。」
この小説のスゴイ所は、完全に個人に立脚した「恋愛感情」という化け物を、豊かな感情のディティールをもってきちんと描きながらも、「人間の感情の普遍性」にまで昇華させている所かと思うわけで。
その恋愛=固有性の物語を、最後の最後、俯瞰的な、おとぎ話ちっくな締めくくりで終わらせるのは、ややテンションが落ちるというか。
ぶっちゃけ、「やっつけ仕事」に感じてしまいました・・・。
もう少し、恋愛の固有性にこだわった結末の付け方に、作家さんとして、向き合ってみて頂いても良かったのではと。
私の、かーなーり独断的かつ上から目線の感想ですが。
一般的に、女性は感情的である、人間関係に重きを置きたがる、というジェンダー的な見方がありますが。
その女性の「感情」の怖さを、ジェンダー論もぶっとぶ迫真の描写で、がっつり描き切っています。
で、そういう物語のしめくくりに、
「古来、女性とは、こんな生き物です。そして未来永劫、繰り返します。」
って事を語られてしまうと。
こんなこと何回も繰り返したくないよ~と、個人的には思ってしまいました。
その次の地平を、21世紀を生きる私たちに見せて欲しいです小手毬さん。
・・・じゃあ最新作読めよ。
って感じなんですけどもね・・・

機会がありましたら、
チェン読(一人の作家さんをチェーンが繋がるように読みこんでいくこと。@レイコの造語)
してみたい作家さんです、小手毬さん。
