いつか読もう、いつか読もうと取っておいた石持浅海さんの「月の扉」。
2004年の「このミステリーがすごい!」の第八位だった作品。
デビューが2002年の「アイルランドの薔薇」で、この「月の扉」が長編第二作目という。
まだ初々しい頃かと思いきや、今とあんまり作風が変わらないというか。
割りと最初から、完成度の高いミステリを書く方だったようで。
あらすじはですねえ。
那覇空港発羽田行きの旅客機が、離陸前に、3人の男女によってハイジャックされる。
凶器はナイフ。
人質は、乗客の赤ん坊3人。
要求は、彼らの「師匠」である、沖縄で不登校児童たちを集めてキャンプなどをやったりする、ある教育者というかカウンセラーというか、そのヒトが沖縄県警に「誘拐犯」容疑で拘束されてて、それをその日の11:30までに、ここ那覇空港に連れてこい、というもの。
探偵役は、たまたま乗客にいて「座間味」というTシャツを着ていた青年、通称「座間味くん」。
用意周到に見えたハイジャックだが、トイレで、人質の母親がカッターナイフで手首の動脈を切られた状態で発見されるというアクシデントから、微妙に歯車が狂って・・・とゆう。
密室殺人、自殺か他殺か?不明確な死体、限られた時刻。
ハイジャックの目的が、個人的な恨みというより、組織的な何か、というホワイダニットの設定。
ハイジャック犯3人の男女の、冷静・知的といえば聞えがいいけど、どっちかってゆうと頭でっかちなヒト特有の会話劇。
・・・などなど、その後の石持さんの、お得意の要素がぎゅっと詰まった長編ですな。
しかし。しかしですねえ。
本格ミステリというには、突っ込み所が満載だし、人情劇というにはホワイダニットに超常現象を絡ませてしまって読者置いてけぼり。
作品内のつじつまは合ってるけど、現実世界との接点が薄すぎる。
かといってファンタジーとして読むには、魅力に乏しい。
石持さんと、その周辺のごっついミステリ好きは喜んだのかもしれないけど、いかんせん、執筆時から約10年後の今も通用する魅力があるかというと・・・
特に一番ワタシが突っ込みたかったのは、赤ん坊を人質にとって、ハイジャック犯が一人ずつ、ずーっと左手で赤ん坊を抱き続けていること。賞味2時間半くらい。
重いよ・・・それに、ちょっと赤ん坊がしたにずりおちると、首にひっかけたワイヤーが閉まるという仕掛けが施してあり。
うーんマジそれ無理でしょ。
あと、赤ん坊が全然泣かない。
皆、睡眠薬飲まされたのか?つーくらい。
赤ん坊ってたいがい、母親からひきはがされたら火がついたよーに泣いたっておかしくないし。
いっぺんもぐずらないってのはあり得ない。
と言う訳で、こりゃうっかりドラマ化なんかされた日にゃー、視聴者総突っ込みも避けられないな。と思った次第です。
その辺、東野圭吾さんのミステリは、ぬかりないんだよね。
ホワイダニットに人情話を入れることも忘れないから、サスペンスドラマにするのに危なげない。
今公開してる、東野さんの「夜明けの街で」も、岸谷吾朗と深きょんでやってるやつ、まあ正直、大したミステリでは無いけど、破綻もないからなあ。
ただ、東野さんの作品が、いっけん人情話に見えながら、さりげなく、しかしとことん「男に都合のよい話」になってることが多いのと対照的に、石持さんのミステリは、割と青年らしい「正義感」みたいなところに動機があることが多い。
それが彼の作品を、じゃっかん荒唐無稽というか、「そんなことでヒトはヒトを殺さないよ・・・」的な浮世離れ感を醸し出しているキライも無きにしもあらず。とゆうのを、今作でより実感しちゃいました。
でも石持さんの描く「クリーンな正義感」に突き動かされる青年像っていうのは、女性が男性に「こうあってあらまほしい」と思う、青年らしさ、少年らしさに、比較的近いと思うんですけどもね。
「少年みたいなヒトが好き」ってゆー、女性のお決まりのフレーズ、決してアラフォーになっても漫画週刊誌を読み(イヤ、別に読んでてイイんですけどね)、女性の感性なんてもの考えたこともなく、、オレが世界のちゅーしんだ、世間の女は煎じつめればみんなウチのかーちゃんか嫁はんみたいなもんだと思いこんでる、成長が止まって幾星霜・・・な、老けた男のことではありません。念のため。
という意味で、やっぱり石持さんの書くミステリは、キライじゃないんだけどなあ。
しかし、彼の作品がコレ以上メジャー化するのは、なかなか難しいものがあるかもしれん。
なんだかんだいって、世間は、成長が止まって幾星霜・・・な老けた男たちにも納得してもらって、初めてメジャー化出来る、みたいなとこがあるからなあ。
しかしこの作品の、ホワイダニットの部分、まあタイトルがそれを表しているんですけども、こりゃ相当に荒唐無稽ですわ。
現代的であるのかもしれませんが。
ネタばらしはしませんが、やっぱ「そんなことでヒトはヒトを殺さないよ!」(まあ殺しの理由は微妙にズレてましたが)と、壁に向かって叫んでしまうのでありました。
