あくたがわ賞作家、津村さんの最新作です。

 

このヒトの小説って、昭和の香りのする文学界独特のマスターべション感(下品で失礼)が少ないよな・・・って思ってたんですが、アレ?イヤ汁が増量したよーな・・・

 

とはいえ、やっぱ津村さんの小説って、21世紀的。そこは好き。

 

えーっと、どこが21世紀的かと言うと・・・

 

①恋愛で自己確立もしくは陶酔感を人生に得ようとする昭和っぽさが無い。

②お仕事で自己確立してく男女を描いているが、キャリア系・ヒト山あてたれ系・男もしくは男っぽい女性もしくはマネージャー的女子含め、同志の団結!!系とは真逆のアプローチ。

③主人公および登場人物たちのライフスタイルヒエラルキーが、選ぶ音楽・服・食べ物でソートされている。

 

といったところでしょうか。

 

この③が、津村さん独特の感性と思われ、今作のそれをざっくり纏めると

音楽→洋楽ロック。

服→30歳過ぎの学生っぽさ。ダッフルコートX斜めがけ鞄onスーツXニット帽、など。

食べ物→大阪のB級グルメ。

と、「ポトスライムの舟」とか「ミュージック・ブレス・ユー!!」とかとほとんどニアリーでは・・・?

津村さん自身もごっつい洋楽好きで、文芸誌でコラムとか書いてますよね。

90年代渋谷界隈に生息していたイタイ大人の匂いがしますね津村さんは。世代違うのに。

 

で、この③の属性描写が、今作はなかなか濃いイヤ汁になってた気がする。

んでもって②のお仕事を通して忍耐強く自己確立していく男女を日常的・草食的側面から描く、独特の津村さん視点も、イヤ汁が増していた気が・・・

 

イヤ汁イヤ汁ってアレなんですが、あの~、何つうか、端的に言って、

「自分と感性の似てない他者を見下す」的な視点が増量してましたね、っつー意味です。

以前の作品でも、今作と似たよーな属性の主人公(=津村さん本人の属性に似ている)が出てくるのですが、「こんな洋楽ロックばっかり聞いて、いまふうの若者でない自分(しかも女)のイタさ加減」を、自虐的に描いていたと思うのですよ。

 

今作では、女主人公・佐藤奈加子の同僚の奥田さんの、アラフォーで必死こいて結婚し旦那に捨てられないよう私生活がテンパリ気味な、仕事より結婚に比重高い女性の描写とか。

男主人公・佐藤重信のことを、夫の留守中に誘ってきた、ナチュラル系雑誌から抜け出てきたみたいな清楚でキレイだが満たされていない人妻、湯川さなみの描写とか。

 

特に湯川さなみさんの描写にイヤ汁が大量に発生していて。

彼女はW佐藤(・・・)と同じ、32歳なんだが、一度もお勤めしたことが無いらしく、同年代と聞いて男佐藤がビックリする描写があるんですが。

「32か、すごい若な。若いっていうか幼いっていうか。世の中の32の女は、もう少し輪郭がはっきりしてるというか。・・・(女佐藤を思い出し)あの人はすぐに同じ年だろうということが分かった。自分と同じくらいの疲労が蓄積していて、同じぐらいには賢くなっているだろうということが、一目見て分かった。・・・」

 

異性をこないな視点で見てる男性っつーのは、こりゃ新鮮。て思いますし、疲れた三十路の働く女は、

「そーそー!そーなの!ろくに働かないで専業主婦になった女って、何か浅いのよ!そこに気がつく男が少なくてムカつくわー」的に食いつくポイントであることは想像に難くない。

 

いやでも・・・何つうか・・・その視点こそ浅くないですか?

確かにワタクシも、散々っぱら働いてきて、もし自分が20代半ばで専業主婦やってお仕事は腰かけ程度。な人生だったら、今とは全然違う中身の人間になっていたかもな?と思う反面、どこで何やってても、私という人間の根幹は、大して変わらなかったんじゃないかな、とも思うのだ。

 

てゆーのはですねえ。

最近、自分の会社の同期の男が、職場の後輩の友達と、不倫してることが分かり。

この男、同期同士で結婚してんだけどさー。

「たぶん、その不倫相手、レイコ先輩の同期ですよ~」

って聞いたとき、すぐさま顔が浮かんだ一人です。

何つうか・・・入社当時の若造時分から、将来不倫しそーな雰囲気があったんですよね・・・。

同期と結婚するときも、他に女がいっぱいいたらしく、「みんな整理させた。」って嫁がゆってたし。

見た目まあ真面目そーな、フツーのヒト(特にモテ系でもチャラい系でもなく)なんですけどね。

 

そのときちょっと思ったんですけど、いわゆる人間性に関わる部分てゆーのは、年輪かさねよーが社会的立場が上がろーが、ちょっとやそっとのコトでは変わらない。

ちっちゃいころ、立ち小便してた子は、大人になってからもやる(精神的な意味での立ち小便ですよ)。

結局、人間的な成長って、表面的な忍耐強さとかは向上するかもしれないけど、「やる」「やらない」で明確に線引き出来るよーな「人間性」って部分は、年取っても、あんま変わらないもんだね・・・と。

 

違法行為とか、麻薬とか酒とか、世間から糾弾されるよーなことは無理やり厚生させられるかもしれないけど、法律や世間からはあからさまに罰せられない類の行為ってあるじゃないですか。

そこんとこです。

 

何だろ、小さい頃、若い頃から「コレはイヤだ、耐えられない」とか、「はがいじめされても、どーしてもこなってしまう」つう、行動属性があるじゃないですか、誰しも人間て。

その部分の比重が「人間性」という意味ではすっごいでかくて、大人になって仕事したり結婚したり人生のアクシデントで変わってく部分て、実は意外とちっちゃくないですか?みたいな。

 

やっぱ君は、誰も見てないとこで、立ち小便するヒトだったんだね・・・みたいな。

やっぱ君は、他人のコトなんて所詮どーでもよくて、自分だけ運がよくて得すりゃいい、みたいな思考の持ち主だよね・・・みたいな。

 

そういう、誰かを積極的に傷つける訳じゃない行為って、家でも学校でも世間でも、あからさまに糾弾されないもんだから。

イイ年になっても修正されずに、まるっとそのヒトの行動特性の真ん中に、居座ってるもんだ。

で、そーいう根幹の人間性ってのは、専業主婦だろーが仕事人間だろーが既婚だろーが独身だろーが、子持ちだろーが一人だろーが、あんま変わんないのかもね。って思うので、津村さんの「専業主婦は人間が浅い」「仕事より結婚に重きをおく女性のイケてなさ」的な描写は、それこそ浅くないっすか?と。

 

まあ・・・奈加子や重信の日常描写を読むと、そー思わなきゃ毎朝起きて仕事に行けない。つーのもよく分かりますが。

際限なく出てくる仕事の人間関係での愚痴、1260円で200gの豚肉が食べられるしゃぶしゃぶ屋の描写、ライターの副業が上手く行き出し、幸せではないが不幸せではない、と思える環境。

非常にリアルですし、ちょっと前の自分なら、そーそー!そーなんですよ津村さん!!と禿同していたメンタリティなんですけども。

今の自分には、「ああダメだ、その方向で自己満足してちゃ・・・アラフォーに向けてイヤ汁が増量していく!!」と思ってしまいます。

 

とはいえ、ちょっと前まで、女性の成長っつーと

恋愛→結婚→出産→子育て→嫁姑戦争→親の介護→子どもの自立→伴侶との別れ

くらいしか書くことがなく。

バブル期以降、バリキャリ系も出現しましたが所詮この大きな流れに巻き込まれる前の余興程度のお仕事描写であり。

あるいは、ヒジョーにマレな大成功を収めた、スター的女性実業家?みたいなヒトの一代記であり。

 

津村さんみたく、真っ向勝負で市井の女性が、「お仕事」とどう向き合ってくか?つーのを根幹に据えて小説にしたのは、初めてじゃないかなーと。

そこは男女みな等しく働かないとやってけない21世紀的な世界観かと。

 

とはいえ現実の女性の意識は、余興程度に働くのはイイけど、それメインは辛いから、まだまだ女の一代記やってたい、ただし嫁姑戦争は抜きとして。に、留まってるとは思いますが。

 

という訳で津村さん。

次はご自分と間逆の属性の人間を主人公にしてみる。つーのも、イヤ汁回避によいのではないでしょうか?

イヤ汁イヤ汁うるさいですが、イヤ汁出し続けてると、人間早く老けるっつーか、サビつくんですよね・・・

何か「三丁目の夕日」みたいなコトになっちゃうんですよ。

いや、「三丁目の夕日」には何の罪もないですが・・・

 

文学でも何でも、食いぶち稼ぎつつも津村さんみたく最先端でいる。つーのは、非常にマレであり希少価値の高いコトだと思うので、ゼヒ今後は、イヤ汁は少なめでお願いします。