神田明神恒例の薪能。
入口の門の奥に、白いテントが張られています。
門をくぐると、このとーり、白いテントの中にお社があり、社殿(お賽銭箱が置いてある所)に舞台がしつらえてあるのだね。
松明の光を照明に、狂言と能が明神様に納められる、という。
去年も行っていたく感動し、ぜひ今年も!と、何カ月も前にチケットを買い。
何か出張が重なりそーだったんですけど、奇跡的に行かなくて済みまして。
こーして今年も、鑑賞できましたよ。
狂言は、「呼び声」。
仕事をさぼった太郎冠者を戒めに、次郎冠者を連れて主人が家に乗りこみます。
太郎冠者は、居留守をつかい。
主人と次郎冠者があの手この手で「太郎冠者いますか?」と問いかけ。
最後はおちょーしものの太郎冠者が、節に合わせて浮かれだし、外に出て主人と次郎冠者とひとしきり踊り歌い、「お前は太郎冠者じゃないか」「はっ・・・!」みたいな。
すごい、アバンギャルドな笑いというか、力技の笑いだな・・・と。
有無を言わせぬゴーインな展開に、さすが1000年超の歴史を超えて残っていないよな・・・と納得。
太郎冠者は、野村萬斎さんが演じており。
さすがスタア~。のオーラでした。
この方、ワタクシの高校の先輩にあたるらしいんですよね・・・東京育ちなんですね。
もうオーバー40だと思うけど、キレ長の目がスッキリとし、品があって、今風のイケメンではないですが、日本本来の美男子って感じました。
お声は意外と?声量は少ないんだけどよく通る声でしたよ。若々しい声。
笑うととってもかわいい(失礼)顔になって、おちょーしものの太郎冠者がピッタリでした。
能は「通小町」。
小野小町の亡霊が出てきて、お坊さんが成仏させようとすると、妨害する異形の者がいる。
小町に「100日通ったら付き合ってあげるわ」と言われて99日目で力尽きて死んだ少将の霊だった。
少将はいかに99日通うのが大変だったか演じる・・・・
そして少将は小町と祝言をあげようと、祝い酒を飲もうとするが、小町に
「仏になるなら飲酒の戒めがあるでしょ」と諭され、酒を諦める。
と、少将が戒を守ったことで、無事二人仲良く、成仏できましたとさ、めでたしめでたし。
とゆー、事前の解説がなければ一個も筋が分からなかったお話でした。
確か去年も、女に求愛を断られた年寄りが鬼になってどーのこーの、って話だったかと。
何つうか・・・・まあ昔の恋愛って、男が求愛するのが今以上に当たり前だったから、こーやって無下にされて死ぬほど恨んじゃう男の話が、共感をもって迎えられた・・・のか?
なんだかんだいって、日本ってずーっとずーっと男社会だから、昔からこういう話が残りがちだった・・・・のか?
てことは、平安時代の源氏物語「六条の御息所」のキャラって、相当なパンクだったんですね。
女が意志をもって、男を恨んで生き霊になるとは。
なんとなく、現代では、恋愛でヒトを恨むって、女性のほーがしっくりくるよーな気がしますが。
しかし、冷静に考えて、女のヒトって、そこまで恋愛では身を滅ぼさないものかも、意外と。
なんつーか、もともと恋愛=結婚=食ってく糧、というドライな生き方をしていますから女性は。
若くて適齢期なら、それこそ他にも一杯男が来るだろーし、もはやいない・・・となっても、割れ蓋に閉じ鍋というか。あれ割れ鍋に閉じ蓋だっけ?まあなんか需要があるっていうか。
仕事がなくて、ホームレスまで行くっていう女性が、男性に比べて少ないのは、なんじゃかんじゃ、女性は男の人を見つけたりして食ってけるヒトが多いから。って何か聞いたことがある。
いえ、すごく興味深く見てたんですけど、伝統芸能であっても、やっぱ男性主人公って感情移入しにくいな・・・と思った次第でございます。
ところで、せっかくなんで神田明神様でもおみくじを引いたんでございます。
そしたら大吉っつあんが!!大吉っつあんだよ大吉っつあん!!
わーいわーい。
しかも書いてあることが、土曜日の江の島神社のおみくじとすごく似ていた。
「春の日ざしを受け若草も芽を出し 寒さに耐え抜いて来た松の緑も一段と鮮やかさを増したかに見える。
これぞまさしく瑞雲の兆 運勢も次第に開け、家運は降昌の一途を辿る」
そーか私の今までの人生は、相当寒かったのか。
やっと春が来るのね。
そんな感じで、今年も薪能が無事観られたことに感謝です!


