角田光代さんの原作が好き過ぎで、NHK連ドラもイマイチ入り込めなかったんですが。
コレは泣けた・・・

もうしょっぱなの、永作博美が不倫相手の赤ちゃんを誘拐するシーンから泣けてしまい。
放浪する希和子(永作ね)が新興宗教団体にかくまってもらおうと入会審査を受けるシーンも。
「私は何者でもありません。この子と生きていければ何もいらない、助けてください」
云々言って頭を下げるシーンも泣けた。
あまりに泣きすぎて途中でハラがたったくらい

途中、大人になった赤ちゃん=井上真央が、カルマは繰り返すじゃないけど、自分も父親みたいな、何も決められない既婚男(劇団ひとりね)と不倫の挙句、妊娠してしまい。
「もし私が妊娠したらどうする?」とカマをかけ。
「今はまだ早いよ。オレの子供が大きくなったら、そのうちちゃんとする」
云々、テケトーなコトを言われ。
「誕生日やったり花火いったり、そういう普通の家庭らしいことを自分は経験してこなかった。
あなたが私にそういうのを教えてくれた。
たくさん好きって言ってくれてありがとう。
でももう会わない。」
と言って、焼き肉屋で劇団ひとりに別れを告げる井上真央。
・・・やっぱ角田さんの台詞(角田さんが脚本書いたわけじゃないが)っていいよね~。
何だろか?真っ当であったかいんだけどすごい厳しい事言ってる、みたいな。
しかし今作の出色の出来は、やっぱ永作さんと小池栄子の演技ですね。
永作さんは泣き方ひとつとっても、自己中な孤独の涙→ホントに慈しむべき対象を見つけた安堵の涙→それが奪われるかもしれない恐怖の涙→それも乗り越えて、子供という存在をただ愛する母性の涙・・・と、見事に演じ分けていて脱帽。ホントすごい。
ラスト近くの写真館のシーンで、薫の両手にそっと何かを渡すようなしぐさをする希和子。
「おかあさんもう何もいらない。全部薫ちゃんにあげる。全部もっていって」
というシーンは、ほんま拷問か・・・という位泣けた。
小池栄子さんは、永作がかくまってもらってた新興宗教施設で薫と姉妹のように仲良かった子の大人時代を演じてましたが。
この演技・・・・ホンマ小池さんって、クリエイティブな女優さんですわ。
歩き方一つ、「・・・ねえ、どうしたの?」と井上真央に話しかける言い方一つとっても、千草という女性の背負っているもの、それを乗り越えたいという彼女の動機が、パズルが解けるように分かっていくという。
ホントに素晴らしいです。
しかし、一方で、井上真央さん。
なんつーか・・・・演技が古いんですよね、このヒト。
写真館の主人役やってた、何か有名そうなおっさんと井上真央だけが、大映ドラマちっくだった。
そのためらい方、間のとりかた、足をひきずる歩き方一つとっても、
ふ・る・い~。優香並み。(優香には何の罪もないですが)
それとエンドロールで、ヘアメイク 誰誰、ヘアメイク(井上真央)誰誰って、二行出てきたときは、君は少し女優業をなめてはいないかい?と思った。
永作さんなんて、冒頭の裁判シーンで、すっぴんでどアップこなしてたのに・・・
しかしラストの薫(井上真央)と千草(小池)のシーン。
「どうしてだろ、私、まだ会ってないのに、もうこの子が好きだ」
と、お腹の赤ちゃんのことを、千草に泣きながら言う薫。
ここはもう、角田さんの台詞はやっぱイイわ・・・としみじみ思った。
とはいえ、映画全体としては、ずーっと泣きのトーンなもんで、ちょっと一本調子だな、と。
永作さんが逮捕されてからのことも、もっと描きこんで欲しかったし。
井上真央が主役ってことなんだろーけど、ちと役不足っつーか。
やっぱ希和子の追い詰められての犯罪とその贖罪の日々がこの小説のテーマな訳で、それを引き継ぐ薫は、〆のキャラクターとしては非常に重要なんだけど、ちょっと井上パートが長すぎたね。
結局彼女の回想シーンという位置づけになるわけだし。重要なシーンが。
もっと永作が観たかった。
というのが素直な感想です。
でもやっぱ「八日目の蝉」は、原作に勝る映像化は難しいな。
原作は、希和子と薫の逃亡の日常がすごくディティール細かく描かれていて。
サスペンスかつちょっと幸福、でも切ない、みたいな。
この厚みはやっぱ、小説ならではなのかな、と・・・。
角田さんは、母性というものを手放しで賛美する訳ではないが、結局ヒトは母性によって愛を知る。
というか、母性によってしか知りえないのかも。
ということを、結構、残酷な手法で描いているんですよね。
女も人間であり未熟だから、どうしても屈折した母性というものが生まれてしまう。
それでも自分より弱い者を慈しみ、大切にする気持ちにヒトはやっぱり癒され、自分もそれを誰かに与えないと・・・って気持ちになる女性の強さというか。強かさというか。
男には出来ねえ~みたいな事をぐいぐい描いてますよね。
この「八日目の蝉」に出てくる男性も、もーなんつーかホント、イイ所全くなしくらいの底辺っぷりですわね。
それが男ですから所詮。と言われてしまえばそれまでですが、もし自分が男だったら、ここまで底辺じゃない男もいるだろ・・・と、ちょっと突っ込みたくなるかもしれませんね。
それと、不倫相手の奥さん・愛人同士がいがみ合ってて、更に母と娘が屈折して、なんでこのヒトら、女同士でこんがらがってて、その憎しみを男にぶつけないんじゃろ?と、フト不思議に思ったのも事実。
結局、角田さん、「男に何言っても所詮ムダ」的な諦念があるのか?
私だったらまず、男を憎むけどなあ。
その奥さん・或いは愛人も、そりゃ気になるけど、どっちの立場にしろ、「そもそもお前がしっかり覚悟もって家庭作ってないからいけないんじゃー!!」って思うからなあきっと。
で、結局、「そんな男しか手に入れられなかった自分がバカだった。運も悪いし。はあ最低・・・」みたいな自虐に陥り、「ああもうめんどくせえ、離婚だ離婚。」となっちゃうのかなあ。
でも子供がいたら、「こんなテケトーな男でも、この子から父親を奪う権利は自分にはないし」みたく我慢して、家庭内別居離婚的に過ごすのかなあ。
最近、家庭持ちの知人で、自死をされた方がいて。
家庭をもってても、それが自分をこの世に縛り付けるよすがにならない場合もあるんだなあと。
誰かを責任もって守るって、とても難しいことなんですね。
自分のあれやこれやの問題をさておいても、家族を生きて食わせてかなきゃ・・・ってエネルギーを出し続けなきゃいけない訳だし。
人間、そんな強い状態ばかりで生き続けていけないことも知っているつもりです。
とはいえ、「自分は何もいらない。全部この子(誰か)に上げる」と思える存在に巡り合えたことこそが喜びですよね。
そういう境地にたどりつくのは、犯罪者だろうが不倫してる人間だろうが、平等に訪れるという皮肉。
そう、角田さんの小説って、一見プレーンなんだけど実はすごい皮肉な事言ってるんですよね。
そこがスゴイ好きです。
映画は美談が全面に出てしまっていて、ちょい物足りなかったわ。
とはいえ映画館出てトイレの鏡みたら、自分がいかにも大泣きした・・・みたいな顔になってて、いくらなんでもこりゃ恥ずかしいだろ自分。って突っ込んじゃいましたとさ

