2010上期の直木賞候補だった、姫野カオルコ作「リアル・シンデレラ」。
「ツ、イ、ラ、ク」に続き、惜しくも落選してましたが。
いーんじゃないかなー姫野さんは、もう直木賞とかに拘らなくても。
直木賞ってのは、不特定多数の支持を沢山得られたもののなかで、ある一定水準のクオリティ満たしたものって感じ。
つまり、本を沢山売る為の賞なんじゃないかと、この出版不況における役割は。
もう姫野さんには、固定ファンが沢山ついてるでしょーからね。
とはいえ、選評で宮部みゆきさんが激賞してたのにかなり興味をソソラレ。
「ツ、イ、ラ、ク」も面白かったしなー。
お話はですねえ。
編集プロダクションに勤める話者は、「シンデレラ」の童話に小さい頃から強い違和感をもっていた。
なぜならシンデレラも、結局、いじわるなママ母や姉たちと同じ価値観・思考回路で、経済的・社会的地位の高い王子様に色々な術とか美貌を屈指して、嫁いでいくだけ。
結局、「やられたらやり返せ」なの?
それが女の幸せなの?
そんな話者が、編集長から「倉島泉(せん)」という、長野で旅館をやっていた、1950年生まれのある無名の女性の一代記を書かないか?と持ちかけられ。
彼女こそが、ホントの意味でのシンデレラ(灰かぶり姫)なのだ、と。
ここに泉の一代記が始まる・・・
泉という女性は、およそ愛想がなく、女の子らしくもなく、母からは身ごもったタイミングから浮気相手の子かも?と疑われて生まれてきます。
疑われるあまり、邪険にされ。
一方、妹は病弱で可愛らしく、周囲の愛情を一身にまとう。
この可愛らしい妹を形容する姫野氏の描写が秀逸。
「色んなミニ世界があって、そのミニ世界のアイドルを決める、そのミニ世界では偉い爺さんが集まるような所がある。・・・そういう所でウケるタイプ。」
ミスりんごとかミス温泉町とか、地方の女子アナみたいなタイプ・・・ってことが言いたいんでしょうけども。
こんな表現してたら、直木賞選考委員の爺さん達(渡辺●一氏とか北方●三氏とか)を、手玉には取れないよね~(笑)。
いや、これこそ姫野節ですから。
だからもう姫野さんには、直木賞とか狙わないで、己の道を天上天下唯我独尊で歩んでいってほしい。
だってその方が面白いもん。
この泉という女性、おおよそ一般的な女性の幸せとは程遠い人生を歩みます。
いいなずけは妹と駆け落ちし、挙句妹は浮気して離婚。
で、自分は長女なので婿養子を貰うが、この男が使用人と不倫し、家庭内別居。
本来は旅館の女将なのに、裏方仕事に長けているので、浮気相手の内縁の妻が表舞台に立ち・・・みたいな。
いわゆる「聖人」としての清々しい、女女していない自立した女性を描きたかったんだろうけども。
ワタクシには、ちょっとこの泉さんが、自己完結してるよーで、そこまで入れこめなかった。
例えば、小口という使用人の男との出会い。
この男は、最初、内縁の妻のほーの差し金で、泉を内偵してるのだが、追えども追えども泉にはやましい所が一つも出ず。
やがて酒好きの二人は、飲み友達のよーになり。
小口さんは、ホントに酒を飲みたいときは、女は連れていかない。ってヒトなんだね。
なぜなら、女と飲むときは、女を主役にして立ててあげないといけないから、それがメンドクサイ。
しかし、泉は、女でありながら主役にしてあげなくてよいキャラなので、そこに惹かれて行く。
ある夜、小口の部屋で飲んでいた二人。
小口は泉が帰ろうと立ち上がったとき、思わず抱きしめてしまう。
そのときの泉がさ~。
具合悪いのか?と小口を気遣い。
まあ、思いっきりスカしてしまう訳だね。
それっきり、小口は、このヒトは口説けない・・・的な。
まあその前フリとして、以前若い男の子にやっぱり抱きつかれて、その時のことを「あんなオバはんに欲情する訳ないじゃん!」みたいにその男の子に言われてしまった過去が泉にはあり。
それ以来、「痴女」という噂まで立てられ。
そんな散々な過去のある泉でしたが。
なんつうかちょっとこの辺りの描写が、ちょっと子供っぽい女性なのかな?という気がしてしまい。
「聖人」を描こうとしていたのなら、まあ腑に落ちますけども。
自己完結してないですか?という気がしないでもない。
小口さんをスカしてしまったのは、泉がもう男性絡みの事で傷つきたくなかったから、とも読めますよね?
まあそれはそれでイイけど、小口さんが可哀想。
欲情にまかせて抱きついてきた若造とは違い、小口さんはちゃんと人間として、泉と向き合っていたキャラだったから。
とはいえ、最後に、泉が幼いころから胸に抱いてきた3つの願いが明らかにされる下りは、けっこうぐっときた。
一つ目「妹が健康になりますように。」・・・病弱な妹のせいで、苦労してきたから。
二つ目「両親と離れて暮らせますように」・・・両親に疎まれて大きくなった泉だった。
そして三つ目。
「他人に幸せな事が起こったとき、自分も嬉しいと感じられる人になれますように。」
不幸続きの泉だからこそ、思い至った境地なのかも。
ここんところが、泉がリアル・シンデレラたる由縁。
確かにココは、感動場面でしたね。
これ、泉さんが1950年生まれっていう設定もポイントかも。
結局泉は、女性らしさとか可愛らしさとか弱さを切り札にしないで、自分の力で生きてきた。
で、他人の幸せを自分の幸せと感じられる人に「なりたい」と思う自我があった。
これはとてもステキなキャラクターだとは思う。
思うけれども。
この泉さんの自己完結感、ちょっと今の時代にはそぐわないかなあ。
てゆうか、許されないって気がする。
一見して、こういうヒトなのね、って分からない性格のヒトっていますよね。
自分を隠すタイプというか。
かくゆうワタシも、どっちかつーと、そおゆうタイプなんですが。
でも、そーいうキャラって、今の時代、生きにくいですよ。
自分で言うのもなんだが、キャラとして古い。
なんつうか、皆、周囲のヒトの性格とか言葉の裏の感情とかまで、想像している余裕がないから。
「ワタシはこーいう人間です。こーいうこと思ってるんです。だからこうやって生きてるんです。」ってなことを、コミュニケーションの合間で即座に分かりやすく表現していかないと、周囲がいつまでたっても信用してくれない、つーか。
って、これ、ワタシが会社員だからか?
ああココでもまた会社がワタシをイヤな目に・・・・の負のスパイラルが(笑)。
という訳で、泉さんという女性は「リアル・シンデレラ」というタイトルに相応しいステキ・キャラだと思ったが、そーいう風に生きられたら楽だよねー、2010年代も。
って思ってしまう自分もいるのでした。
