今日はお台場で、宝ッシュ!!という宝探しのイベントに、シナリオのお友達と参加してきました。

お台場中に隠れた8つの暗号を解いて、パスワードを解読し、第一ステージをクリアする・・・とゆーもの。

朝8:30に新橋ゆりかもめに集合、10:30にゲームスタートしましたが、まあ結局、半分くらいの暗号しか入手できず、しゃべり倒しながら新橋の飲み屋街になだれ込むこと午後3時。


昼間っから飲む酒は、どうしてこんなに美味いんだろう。


つーことでイイ感じに皆、酔っぱらい。


そりゃもうドラマの話から恋愛の話、仕事場にはどーして一人、マーフィーの法則のよーに相容れない人種がいるんだろう・・・とか、ゆとり世代のゆとりっぷり。とか、語りつくすこと約4時間。


もう話が深くなりすぎて、最終的には、ヒトはなぜ生きるのか?みたいな所まで行ってしまったとゆう。


それも女性同士なんで、ヤローのよーに形而上学的に「ヒトはなぜ生きるのかあ~!!」みたいな哲学的なお話ではなく、より実践的な方向に。

すなわち、幸せになろうと思って結婚し、子供を生み、家族になるのに、どうして男と女は幸せになれない場合が多々あるのか?とゆう所に話の焦点が。


例えば、両親が夫婦としてハードな現実を生きていて、どちらかが早死にされたりした場合、子供は何年も何年も、それこそイイ大人になってさえ、

「自分が生まれてしまったから、両親は離婚もできず、幸せになれなかったのではないか」

と、苦しみ続ける場合があるということ。


「それは自分の思いこみであって、その親は子供がいようがいまいが、きっと苦しみ続けたに違いない」

と、赤の他人なら、それこそ他人ごとのよーに言える。


でも子供は、やっぱりいくつになっても、自分の親を愛したい、そして愛されたいという感情を、なかなか否定できないし、手放せないものなんですよね・・・・

それを目の当たりにし、ヒジョーに切なくなった。


世の中の親という立場のヒトに言いたい、子供を適切に愛してあげて下さい、そして時期が来たら、彼らの心を手放し、自由にして上げて下さい、と。


まあ、「適切に愛する」ことが出来るヒトなんて、そうそういない。

自分が出来るか?と言われると、「・・・うーん」と唸ってしまう訳です。


とりあえず今日ワタシが思ったことは

今生きてるヒトのほとんど全員。

自分の意志とは無関係のしがらみの中に、いきなり産み落とされ

その状況をうまく消化できず、

日々、生まれてくる新たなしがらみに、更に絡みとられ

こんなはずじゃなかったのに(・・・じゃあどんなつもりだったんだっけ?)と、

半信半疑になりながら、時の流れの中を、腰まで水につかりながら、やっとこさ前進してる。

つーよーな状況なんではなかろうかと。


他のヒトは、しがらみを上手く整理できてるのか?

それで、時の流れの圧力が、自分より緩やかなんじゃ?とか、

半信半疑になってるのは、自分の頭が悪いからか?とか、

余計なことを考えてしまいがちですが、

おそらく、

誰もみな整理がつかない過去を抱え、

時の圧力も平等で、

どんな賢いヒトも、頭の中にうっすら靄がかかって生きている事に変わりは無い気がします。


そんなワタシたちだからこそ、何かを書きたくなったり作りたくなったり、ヒトが書いたものを読みたくなったりするんじゃないかと!!


と、「つぼ八」を出たらすぐ隣の路地裏で、佐々木蔵ノ介さんが、雪の中を一人歩く。みたいなドラマのシーンをちょうど撮影してました。

背がシュッとして、スマートでカッコよかったっす。

ああ眼福、眼福。


と、〆でラーメン行こうよ・・・とゆうGO TO ブタへの誘惑を皆ぐっとこらえて、明日の為に、家路についたのでした。

やれやれ。